複雑・ファジー小説
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 5/12三章十五話完成 ( No.111 )
- 日時: 2012/05/13 09:48
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: QxAy5T6R)
三章十六話
苦しさに顔をゆがめている楓の先輩の手から、真っ黒なバトンが、楓と同級の平谷に渡された。後続の、琥珀の居る高校との差はおおよそ二十メートルといったところだろう。だが、その差はもうすぐ埋まることが、もう分かっている。きっと、そういう定めなんだろう。
リードを無駄にしないためにも、円筒形の金属が渡されたその瞬間に、責任感いっぱいの彼は走りだした。楓は今まで何度か彼が走るのを見てきたが、最初からこんなスピードで走っている姿は見たことが無かった。
そこで楓は自分自身を嘲るように微笑んで見せた。それもそうだ、いつもはアンカーが先輩で、信任に足るのだ。だが、今日に至ってはその人がいない。そのせいで、急きょ中長距離から拝借してきた楓に走らせざるを得ないのだから。
じわじわとだが、予想通り、二人の間の差はつまっていっていた。ああ、やっぱりと楓は思った。なぜなら、百メートルの通過で縮んだであろう差は、大体五メートル。全体の、四分の一。
平谷が気負う必要はないと、はっきりと確信する楓が、応援することはなかった。なぜなら、きっと戦闘の二人は横並びでこっちに帰ってくると断言できた。奇妙な、確信があった、そういうことだ。
「闇戯の四走、入りなさい」
二百メートルを通過し、どちらが内側かの順番が決まり、彼はトラックの最も内側に入った。その直後に、白石琥珀がゆっくりと、名を呼ばれた後に入った。
その顔を見てみると、別に、嬉々として喜んでいるようにも、真っ黒な笑いも浮かんでいなかった。だが、不思議な事にどうにも安堵の表情を浮かべていた。まるで、楓が楓で本当に良かった、とでも言うように。
もう、観察の暇は残されていなかった。奥の方にはようやく直線に入りこんだ二人の男子。もう残り十数秒もしないうちに、彼らが持っているバトンは、自分の掌の中にある。
変なことを言う場面ではないなとは、薄々どころかはっきりと楓は感じていた。だけど、口にしないと、折角注入された気合いがすぐさま抜けて言ってしまうような気がした。
「俺の運命は、目立たずに、ひっそりと、誰に注目もされずに、安寧と暮らすこと」
隣に立った男が、小さく痙攣するのが、彼にはよく分かった。その言葉を初めて使ったのは、他ならぬ、隣に居る白石琥珀なのだから。
「それが、運命がどうかしたのか?」
もうすぐ、自分のところに順番が回ってくる、そのような、普通は緊張する場面で、楓は自分が何を考えているのか分からなかった。ただ、ぐるぐるといくつもの言葉が脳裏を駆け巡っていた。
————目立たずに、それは髪の毛のせいで果たされなかった。
————ひっそりと、そのように振る舞うのは、虐めにあって以来簡単に試みることができた。
————誰にも注目されずに、不可能だろう。親からは愛を、氷室からは怒りを受けた。
————安寧と、それは、俺だって望んでた。どっかの神様が邪魔してくるまでは。
運命なんていくらでも変わるし、変えられる。たとえ神じゃなくて一人の人間であっても、それはできる。もしも神様が俺を殺そうと本当に思っていたのなら、最大の好機をあいつらはもう逃した。一番のチャンスは、鬼ごっこの時だったんだと思う。でも、あいつらはその一番確実だった機会を失った。現に俺は二番目のげえむは、あっさりと抜けられたじゃないか。
平谷の手から、四人分のプレッシャーが詰め込まれたそれが託された。真横で駆け出す琥珀に負けないように楓は、地を蹴った。目の前に立たれたらどうにも走りにくいだろうから。
もしも本当に、最大の好機があの時だったというならば、それ以上のチャンスがあいつらに回ってくることはない。だったら、その最大の架橋を越えた今なら絶対に、あいつらは俺を殺せない。
ヴァルハラの使者が誰とかも、もう関係無い。あいつが味方だと言うなら味方だろうし、敵だったとしても俺たちを殺すのは無理だ。その場合、彼のベストの状況は何も分かっていない俺たちに説明するあのタイミングがそうだったはずだ。ってか、それ以前にヴァルハラの使者はアダムからあからさまな嫌悪を浮かべられていた。
走りながらも考え事を続けている自分自身に対して、楓は溜め息を吐いた。もう、琥珀の姿はどこにも見れなかった、横にも、前にも。
正直、この程度のプレッシャーは、アダム主催のかくれんぼと比べると、明らかに小さなものだ。たった一回の回答に、俺と氷室の命————信じ難い話だがついでにパラレルワールドそのもの————がかかっていたあれと比べると、あまりに小さな責任感だ。
それに、走ること事態だが、こんなもの鬼ごっこの時の疲れと比較すると、何の苦でもないように思える。初めてアダムが話した時に言っていた通り、本当にあいつらは俺を鍛えていたのかと思うが、ただ単に殺し損ねているだけだろう。
歓声が鳴り響くホームストレートに戻ってきた楓は、息こそ上がってはいるが、涼しげな表情だった。もう、誰の足音も聞こえない。昔の自分が泣いてる声も、今の彼には遠く聞えた。追い風が、自分を後押ししてくれているのが、心地よかった。
「そう言えば……あの時もこんなんだったな……」
小学校のマラソン大会、古い記憶を掘り起こした楓はゴール手前のあの爽快感をゆっくりと思いだした。
同じように、空は真っ青に澄んでいた。
第三章・楓秀也編は、ここで完結です。
第四章は、氷室冷河編(予定)です。
白石琥珀の真実は、きっと第四章にて……。
あ、後次回は高齢の総集編となります。
正直長い間ほったらかしなので読んでる人は少ないでしょうが、この作品はさすがに完結まで持って行きたいので、最後まで書かせて頂きます。
最後に一つ報告です、次回から書き方を変えます。
『Invincible ability』みたいな書き方になると思います。