複雑・ファジー小説
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= ( No.113 )
- 日時: 2012/05/20 11:20
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: /fPmgxgE)
四章一話 もう少しで楓の父親登場
話がある、そう言われた楓は咄嗟に身構えた。
マイル、4×400リレーの直後、白石琥珀はまだ整っていない息で楓の元に現れ、話があると告げた。
こんなタイミングで接触してくるとは思っていなかったので、楓はその言葉を聞かなかった振りをするのは不可能だった。
何事かと思って目を見開いてしまったため、もう後には退けなくなった。
「ここじゃちょっとあれだから、向こうに行こうぜ」
掌を空に向けて、ゆっくりと手招きする。
その姿には、昔のような険悪さは無く、友好的に招き入れようとしているように映った。
とりあえず自分を呼びだすための演技かと思ったが、そうとも断言できなかった。
そういう訳でついていこうとすると、先輩方に楓は止められた。
「おい楓、どこに行くんだ?」
「えっと、昔のクラスメイトに会ったんで話してきます」
「あ、そう。なら良いや。ダウンしとけよ」
「了解です」
事実しか言っていないしこれで良いだろうと思いながら、同じように疲れ果てている先輩を後にしてその場を去った。
とりあえず、彼らが懸念しているのはちゃんと身体を休めるためにダウンだけはしっかりとしておけということらしい。
見た目丁寧に、内心適当にそれを処理した楓は急いでついていった。
今さら、何の話があるのかと思って考えても、謝罪するのか罵倒するのかまだ分からなかった。
競技場から少し離れた、人がさっきよりも少々少なめの場所。
あまり危なくない場所、なおかつ他人に箸を聞かれる心配が少ない場所を琥珀はチョイスした。
危なくない、というよりも少なからず人がいる場所を選んだ理由は、おそらく楓に軽快させないためだろう。
誠実さを表わすためにここに連れてきたと考えると、そうそう悪い方に転がりそうにはない。
「……何の用?」
「…………いや、ちょっとな。その、言っておかないといけないだろうと、思うことがあってだな……」
そこまで彼が言うと、楓は気付いた。
話し続けようとしている白石琥珀の背後から、一人の女子が近づいて来ていることに。
どこかで見たことあるような顔に、一瞬記憶をたどらせると、彼女が誰なのかはすぐに分かった。
昨日の朝、琥珀と口喧嘩をしていた日向高校の女子だ。
そう言えばあの時、琥珀は明らかな悪役に回っていた。
改心したと言えるのならば、なぜ昨日のようなことがあるのかを考えてみた。
まだ、それほど心根が変わっていない、もしくは相手の方が……。
そこまで考えてからようやく楓は気付いた。
自分の身体の後ろに、彼女が右腕を隠しているのを。
確実に、何かを手に忍ばせていると判断し、その動きを逐一観察してみる。
幸い、琥珀は何を言うのか迷っているようで、ずっと口を閉じているので、彼女の観察に全ての集中力を持っていけた。
日向は、男女共に不良系の連中が揃う高校、それは間違いないと断言できた。
とすると、一見真面目そうな彼女も良い人とは遠くかけ離れた存在ではないのだろうか。
前科があるとして、それが琥珀を怒らせて、それをまだ琥珀が引きずっていたのだとしたら。
もしくは、彼女以外の日向の生徒が琥珀の知り合いに手を出していたとしたら。
彼女が背後に隠しているものの、大体の予想は出来た。
大雑把に片付けるならば武器だ。
金属バットだか、警棒だか何かは分からないが鈍器の類だろう。
自分を公衆の面前で辱めた琥珀に仕返してやろうとしているに違いないと即断した。
現に、気付かれないように後ろに回り込んでいるではないか。
そう判断するや否や、その後どうするかを考えるよりも先に、身体が飛び出していた。
丁度彼の背後にたった女子が隠していた鈍器を取り出した瞬間、楓は琥珀を押しのけていた。
頭に走る鈍痛が、急速に楓の意識を奪っていった。
それ以降のことはよく分からず、しばらく意識は真っ暗な中に沈んで行った。
________
目を覚ました場所は、競技場内の簡易的な看護室だった。
隣の部屋で係員の、各校の先生方がガヤガヤと、観戦しながら仕事をしている声が聞こえてきた。
今、頭上にあると思われる応援席からは割れるような歓声が室内とはいえ、真下に居る楓にはよく聞こえた。
うっすらと目を開けてみると、隣に座っていたのは二人の人間だった。
片方は竹永、もう片方は白石琥珀だった。
「まったく、何やってんだよ。人助けは良いけど自分が気絶するって」
「すいません、俺のせいっす」
「気にしなくて良いよ。あんたも被害者なんでしょう」
度が過ぎたお人好しでけがを負ったのが、先輩である竹永はお気に召さなかったようで、顔を強張らせていた。
楓の短絡的な行動に心底苛立っているようだ。
他人様をこんなに心配させやがって、といった思いが時折垣間見える安堵の表情に表れている。
対して隣の琥珀は、申し訳なさそう竹永に頭を下げている。
「えっと、何が起こったのでしょうか……」
「日向の女子に殴られて気絶してたんだよ。ついでに殴った奴は思いっきり叱られて日向は部活停止。ま、正直陸上部は大して強くないからな、あそこ。元々総体の予選を勝ち上がるような奴はいなかったし、良いんじゃない?」
どうやら怒りの矛先は加害者である向こう側にすり替わったらしく、説明の続きを琥珀に促した。
「えっとなあ、自分がどうなっても俺に一矢報いようとしたらしいが、お前が代わりにやられてだな……。不味いと思ったのか逃げ出すのも忘れたらしい」
「で、他にも目撃者がいるから観念するほかなかったってわけ」
なるほど、色々あったようだなとは楓にも分かったのだが、一つ気がかりなことがあった。
今、何時なのかということだ。もしかしたら800メートルに出られるかしれない、と思ったのだが。
だが、こんな怪我を負わされたのだからじっとしていろと竹永にくぎを刺される。
どうやら、後三十分としたら始まるらしい。
それじゃあ、と言い残して琥珀は出て行った。
きっと、彼は800に出るのだろうとすぐに予測できた。
自分一人だけこの空間かよ、と思ったのだが予想外に竹永は残るようだ。
「……先輩、試合は?」
「ついさっき終わったわよ。リレーは代わってもらった。正直私がいなくても予選は何とかなるから」
さすがの貫禄だなぁと、溜め息を吐いた。
どうやら自分が心配されることがあっても、自分が誰かの心配をする必要はないとようやく理解した。
だが、試合に出れないというのはちょっとした屈辱なので、もう少し寝ていようかと思ったのだが、それは遮られた。
「いくつか、訊きたいことがあるんだけど?」
「何をですか?」
「あいつの事よ」
あいつ、と斬り出されて最初に思い浮かんだのは、琥珀のことだった。
昔のクラスメイトですよ、と答えようとしたのだが(正直そう答えても何の間違いもないのだが)琥珀でないと判明した。
「氷室について、あんた結構知ってるんじゃないの?」
「……そっちですか。ええ、知ってますよ。住所とかメールアドレスとか、そういう個人情報以外は」
「あいつ、差出人不明のままメール送ったのかよ……」
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない続けてくれ」
何でもないと言われても、中々にひっかかる内容だった。
差出人、と言われても楓は氷室から罵詈雑言以外のものを貰った覚えは無かった。
だが、有無を言わさずに竹永は続きを促した。
「……何から、話しましょうか」
楓は、昔住んでいた家の周りの光景を思い出しながら、回想を始めた。
隣の家が孤児院だったのだが、右か左かどちらかは覚えていなかった。
今は右か左かなど、話に何の関わりも無いので楓はそこを気にせずにした。
「とりあえず、前置きとしては俺とあいつは小学校の同級生です。次に、関係があるのはさっきの白石こは……」
「虐めのことは聞いた。次から地毛で学校来い」
「え……? あ、はい」
一番他人に話したくない部分は琥珀が割愛してくれたらしいので、楓は淡々と、偶然として知ることになった、本人と関係者以外は楓しか知らない、氷室についてを語りだした。
次回に続く。