複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 第四章開始 ( No.115 )
日時: 2012/06/05 21:00
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: quLGBrBH)

四章三話




「一体お前は……何をやっているんだぁっ!」

 警備員に引きはがされた楓に待っていたのは、顧問からの厳しい制裁だった。
 正直こうなるのは、父から話されていく途中、やけに冴えてきた頭で予測できていた。
 そういう訳で特に怖がったりもしていないのだが、なにぶん相手は五月蠅さとしつこさで有名な教師、思わず顔をしかめてしまっている。
 その様子に反省の色がないと判断したのか、ますます顔を紅潮させて教員は喚き散らした。

「お前の軽率な行動で闇戯高校の評判が下がったらどうする! あいつらああいうのばっかりとか思ったらどうするつもりだ!?」
「すいません……。どうせならそう育てた親に文句言って欲しいですけど」
「お前自分の状況分かってんのか! オイ!」

 もうこうなると開き直ってみようと思うと、どこまでも開き直れるもので、涼しい顔で飄々としていられる。
 その無気力で人を小馬鹿にしているような態度に、さらに癇癪玉を爆発させたようだが、今は目の前の顧問の説教など楓の知るところではなかった。
 ずっと追い求めてきた、憎き仇に遭遇したような心持だと、彼は感じていた。
 その言い方はあながち間違った表現でも無く、ここ数年ずっと楓は父親のことを恨んでいた、と言っても過言ではない。

 六年前の、楓の十歳の誕生日での話だ。
 その日はすぐに帰ると言っていたはずの父親、楓俊介はいつも通りに家を出て行った。
 だが、しかしだ、彼はそれっきり帰ってこず、忽然と消息を絶ってしまった。
 母親は聞かされているのかいないのか、三日ほど途方にくれた後にまた日常を再開した。
 俊介の失踪はそれなりに彼女にショックを与えたようだが、表面上ではそれを、表に出すようなことは無かった。
 その日から楓は母子家庭で育つこととなり、父がいないということも、後の虐めに拍車をかける原因の一つになったのだ。
 楓が何よりも父親を憎み、嫌悪する理由は虐めは関係無い。
 むしろ、母親に迷惑をかけてまでその消息を絶ち、今日と言う日まで『家族の前に姿を現さなかった』からだ。
 その失踪以来、アスリートとしてテレビに顔を出すこともなくなり、本当に行方不明となってしまったのだ。

 しかし今、その強い負の感情よりもそこが抜けてしまうような驚愕が楓の脳内を支配していた。
 いきなりこのタイミングで俊介が現れたことよりも、彼が発した言葉が何よりも気になったのだ。
 その真理に少しでも繋がるためには誰かと相談する必要がある。
 とりあえずは竹永、そして翌日には氷室と語らう必要性があり、それだけでは足りないような気もする。

「そろそろ理解したか。事の重大さが」
「最初から理解してますよ」
「じゃあなんであんな事を……」

 まだグチグチと引きずろうとしている粘着質な教師を冷たい瞳で睨みつける。
 その黒い瞳の中に映し出された教員を初めとし、その場にいる陸上部員が身の毛もよだつような戦慄を覚えた。
 彼からは、手の負えないほどの殺気を感じ取れたからだ。
 喉の奥に冷たい液状の金属を流し込まれたように、何か言葉にしようとしてもできない教師を冷たく一瞥し、踵を返した。

 最初、周囲の者たちは自分が何をすべきかさっぱり分かっていなかった。
 いつも、温厚とまではいかなくても思いやりや優しさというものを人一倍持っていた楓が、射抜くような殺気を放っている。
 説教をくれてやるはずの教師すらもその気迫に閉口している。
 そんな非現実的な光景の中で、行動を起こせるような人物は、竹永において他にいなかった。

「楓。お前、本当に、理解、してるか?」

 ゆっくりと竹永が楓の方に歩み寄り、目線を落としながらその前に立ち塞がった。
 それに少し反応を示した楓は口を開こうとしたが、それよりも先に竹永が手を出した。
 楓の胸倉を掴んで、壁に押し付けた。

「お前が穢したのはお前だけじゃないんだぞ。私はともかく、ここにいる全員にもレッテル貼ってるんだぞ」
「………………。すいません」
「何があってあんなことしたのか言ってみろ。理由次第じゃただじゃおかねえぞ」

 さっきとは打って変わって意気消沈した瞳の楓を、淡々と彼女は責め立てる。
 これはけじめ、誰かがつけないといけないと分かっている、だからこそ代表して彼女が立った、それだけの話だ。

「…………言ったら、信じてくれますか?」
「私が楓を信用しなかったこと、あったか?」
「言ったら先輩はより一層俺を軽蔑します。それでも、聞く覚悟できてますか」

 いつしか、楓の声は弱々しくなり、遂には嗚咽混じりの震えた声になってしまった。
 その楓を見つめながら竹永は、軽蔑も、嘲笑も、何も浮かべずに頷いて見せた。
 楓の両の目から、涙がこぼれてフローリングの空間に滴った。

「じゃあ、大前提としてこれを納得してくれないといけません。まずあなた方は信じてくれますか? 俺は、過去の英雄、楓 俊介の息子である、楓 秀也です」

 楓にとっては予想通りの沈黙がその場に流れた。
 にわかには信じられない、予想外の真実を目の前にした大勢の陸上部員は一斉に物音一つ立てるのを拒んだ。
 衝撃の事実にガヤガヤと騒ぎ立てるでもなく、続きをうながすでもなく、キャパシティが足りなかったようでただ呆然としていた。

「で、それがどうかしたか?」
「俺の父さんは、六年前に家を出ました。何も言わずに、何も残さずに、予兆もみせずに、不意に、唐突に、裏切るように。それ以来俺の前には二度と姿を表わしませんでした————今日までは。雨が降ろうと雷が鳴ろうと、雪が降ろうとこの辺りで大きな事件が起きようと、あの人は姿を見せなかった。正月も、お盆も、俺の誕生日も自分の誕生日にも母さんの誕生日にも。俺はこう考えるしかなかったんですよ、捨てられたって。ファザコン? 多分俺はそうですよ。今だってそうです。昔っからあの人は俺の憧れでしたからね。その気持ちが強いからこそ、恨みつらみも相当に大きいんです。一発洗いざらい溜めこんだ鬱憤を爆発させないと……」

 壊れてしまいそうだったんです。
 涙に崩されたような声で、何度もつまりながら彼はそう口にして、その後はもう、口を開かなかった。



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続きます。
やっと折り返し地点に入ろうとしているところです(遅いな。いや、早いか?)
とりあえずはもうすぐ学校に戻ると思います。
すると、スポットを浴びるべきあやつが……。
と言う訳で次回に続きます。