複雑・ファジー小説
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 第四章開始 ( No.116 )
- 日時: 2012/06/15 21:08
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hVBIzJAn)
四章四話
「えっと……あなたは誰ですか?」
月曜日、また学校が始まる一週間のスタートである日の一限目、都市伝説大好きな先生がそう質問した。
うだるような夏の暑さが教室中を埋め尽くし、まだ朝なのに暑すぎて仕方が無い。
そんな時に、不意に奇妙な光景が飛び出して来たかのようだ。
まあ、そうだろう、いつも通りに授業をしようと思ってやってきたら転校生でもないのに見たことない奴がいたら驚くであろう。
いや、実質的には指で示された少年は、転校生でもないし、ずっと前からこの学校にいる。
ただ、今までとはどことなく雰囲気が違っているからそう思われるだけなのであって、赤の他人ではない。
だが、あまりにも唐突で、大きすぎる変化に先生は戸惑っているのだろう。
それは何もその教師に限った訳でなく、実を言うとクラスメイトほぼ全員が仰天しているようだった。
例外を挙げるとしたら、前日全ての事情を聞かされた陸上部、の一員である乙海凛、そしてなぜか澄ましたままの氷室冷河。
「誰って先生、俺ですよ。楓です」
「いやいや、嘘だろ。えっ、かえで、ってえっ?」
目を丸くしながら大の大人が呆然としている様子に、クラスの生徒は笑わなかった。
それよりむしろ、その人の露骨な驚きに便乗して、隠していた驚愕を少しずつ露わにし始めた。
こそこそと後ろで話すようにしている奴もいれば、何も考えずに「マジかよ」と言っている者もいる。
やっぱりこうなるんじゃないか、心の中で彼は悪態を吐いた。
昨日、家に帰った楓は竹永の命令通りに髪の色を元に戻さないとと思い、母親に相談してみた。
正直、今黒く染めている分の髪の毛は一旦黒いままで、次に生えてくるけを地毛としてそのまま伸ばすまで待とうかと考えていた。
だが、母親に茶髪に戻すと打ち明けると、簡単に同意し、急に明るく持ち直して口笛を吹きながら去って行ったかと思うと、手に何かを以て戻ってきたのだ。
何を持ってきたのかと思えば、シャンプーのボトルのようだった。
実質、それはシャンプーだったのだが。
「いや、最近のやつって凄いのね」
とか言ってたのまでは楓は覚えている。
その後は、ほとんど母が暴走じみた行動に走りだし、必死に抵抗しようとしたことしか覚えていない。
半ば連行するようにして風呂場に楓を連れて行った母は、まず、身ぐるみを剥いだ。
母だから許される行為だが、一応楓は思春期の男子高校生だ、必死に抗ったが……敗北。
その後も暴れる楓を、幼い子に対するそれと同じようにして抑えつけた彼の母は、その特殊なシャンプーを使って洗髪するとあら不思議、瞬く間に地毛の色を取り戻した、ということだった。
正確にはそのシャンプーが髪の毛を染めたのではなく、染めていた黒い染料を洗い流したのだ。
何にせよ、楓が黒髪から茶髪に変わったことだけ押さえておけばいい。
「えっと、高校デビューにしては遅くないかい?」
「いえ、小学校からずっとやってたのを戻しただけですよ」
「ん? それってどういうことだい?」
「地毛がこっちなんすよ。ずっと黒くしてただけで」
何をためらうこともなく、楓がそう言ってみせると、教室中がどよめくようにしてより一層うるさくなった。
もはや先生も授業どころではないとでも言いたげに、楓の方にのめり込んでいた。
正直、家庭科の授業など週に一回にしてもほぼ無意味だと思っていた楓にとって少々ありがたいのだが。
「まさか、楓が生まれ切っての不良だったとは……」
「赤弥、殴られたいのか?」
「め、めめ、めっそうもありません」
楓は極力普通に話しかけようと笑って見せたのだが、苛立ちが隠しきれずに垣間見えていたらしい。
怯えた表情で隣の席の赤弥が顔を引きつらせているのがすぐに分かった。
ただ、この中でも一際冷めたような目つきをしているのは、もちろん氷室だった。
「なんかただの目立ちたがりみたい」
ぼそっと呟くようにしたその言葉を、楓は聴き逃さなかった。
ムッとした彼は突っかかるようにして反論した。
「違ぇよ、先輩命令だ」
「へぇ、そう。じゃあ最初に黒くしてたのは誰命令なのかしら?」
「……大体分かってんだろ。お前が分からねえはずねえだろうが」
「二人とも何の話してんの?」
険悪な雰囲気で口喧嘩するのを最初に仲介しようと出てきたのは乙海だった。
おそらく、転校してきたばかりの氷室と、楓の二人がどうして二人で舌戦を繰り広げているのか分からないのだろう。
正直、男子からの目線が怖いなと楓は感じた。
何でお前が氷室さんと仲良くしているんだという無言の怒りが押し寄せてくるのがすぐに分かった。
「昔話よ。私達小学校が同じだったから」
「バッ……今そんなの言ったら」
ほら、目線が指すように鋭くなるじゃないかと、叫びたくなるのを楓はグッとこらえた。
男子の嫉妬と驚きの混じったその目線が本当に怖すぎる。
ただ、彼にとってはそれよりも遥かに恐ろしく感じることが他にあった。
やはり、圧迫感は未だに克服できている気がしなかった。
茶色いその髪を指差されて嘲笑されている気がしてならなくて、常に周囲に気を張ってしまいそうになる。
白石琥珀も言っていたじゃないか、別に自分が、楓が悪いことじゃなかったって。
そういうのに付け込む奴の方がよっぽど汚いって、言っていたじゃないかとなだめすかすようにして胸中で反復する。
「まあ、にしても今まで髪の毛染めてたのに理由ってあるのか?」
「……皆と違うっていうのは不便っていうか……不憫っつーか……」
「この意気地なしは為すがままに虐められてたのよ」
決まり悪そうに答えようとした楓なのだが、何とか直接的な言い回しを避けようとしている間に氷室が遮った。
自分の事なのだから慎重に言葉を選ぼうとしていた楓なのだが、氷室にそんなのは関係が無い。
楓の気持ちよりも、手っ取り早さと伝わりやすさを考慮し、ただ淡々と事実をそのまま言葉に転換した。
気の抜けるような、間抜けた楓の声が教室内に飛んでももう遅い。
最初に楓が登校してきた時に、今日これ以上の驚きがあるだろうかと思っていた彼らも、さらに驚いた。
ただ人が良いだけの同級生が、ただ頭髪の色が違うというそれだけの理由で、不当な扱いを受けていたのが信じられなかったようだ。
ただ、楓としては驚かれてしまっても仕方が無い。
なぜなら、虐めはもうすでに起こってしまったことであり、今となっては過去にあった本当の出来事なのだから。
もうすでに授業なんてすっかり忘れ去られているんだなあと、冷静な楓が口を挟もうとしているが、話しだす隙もなかった。
「じゃあさあ……一つ訊きたいことがあるんだけど」
「どうしたの、赤弥」
急に神妙な面持ちになった赤弥が氷室の前に立ちはだかった。
なぜか彼女は、とても不満げで、苛立つような目をしていた。
「氷室ちゃん、知ってて何もしなかったり……した?」
「何に対して?」
「だから、楓の虐めについて」
「……。首謀者が中々に狡猾でね、そもそも知らなかった」
そっか、仕方ないねと残して、赤弥は黙り込んだ。
それをスイッチとしたかのように、皆は、というか先生は大切なことをふと思い出したようだ。
今は授業をしないといけないのだと。
ただ、今の心境としては、先生としてもあまり授業に対しては乗り気ではなかった。
なぜか? 当然だ、空気が重苦しすぎる。
ふと、ちょっとでもそれを和らげるために丁度いいものを教師は思い出した。
「今日の都市伝説コーナー……」
また始まったよ。
目論見通り、きっちりとその場の雰囲気は少しだけなごんだ。
でも、まだ知らない。
終末の採択試練まで、後三日だけ。