複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 第四章開始 ( No.118 )
日時: 2012/07/11 18:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 3JS.xTpI)

四章六話






「全く何なのよあいつはぁ……」

 場面は一転し、昼休みでの学校の屋上。
 氷室は赤弥と、彼女の誘われた乙海、青宮、ついでにどこかから引っ付いてきた見知らぬ女子生徒と昼食を食べていた。
 最初に赤弥がたまには屋上行こうと氷室に切りだし、半ば強引に見方を集めるように乙海を呼び、向かうついでに隣のクラスの前で青宮を呼び、青宮にもう一人くっついて……という始末である。

 そういう状況に氷室が連れてこられた理由を、本人は全く理解していない。
 普通に昼休みにやってきた程度の考えである。
 昔話を根掘り葉掘り尋ねられるだなんて夢にも思ってはいないだろう。
 二時間目と三時間目の間の休み時間には氷室と楓の口論が学校の至るところにまで広まっていた。
 楓の知らない楓ファンは、氷室と昔からの知り合いだということ、そして茶髪になったことがどうにも興味をそそるらしい。

 ついでに、赤弥はただの野次馬、乙海青宮は無理やり連れてこられただけなので、純粋な楓ファンはそのメンバーの中では氷室と初対面のその女子生徒一人だけだったのである。
 名前を早川というらしく、ちょっと人目をひくぐらいの可愛さの女性だった。
 普通よりかは上なのだろうが、氷室と比べると少々見劣りする。

「こっちからしたら面白かったけどね、あれ」
「面白かったら良いんじゃないわよ」

 弁当の中の卵焼きを箸で掴みながら吐き捨てる。
 もうその口喧嘩から二時間は経過しているというのに、まだまだ腸は煮えくりかえっているようである。
 どんだけなんだよと苦笑しながらも、何か理由があるんじゃないかと周りの者は勘ぐる。
 虐めのことにでも少しの関係性があるのかと赤弥は訝るが、そう即断できる訳も無い。

「小学校の時の楓くんってどんな風だったんですか?」
「同じ一年だから敬語じゃなくて良いわ。そうね……今よりエースっぽかったかな」

 勉強もできていたし、足も速かったし、いきなりマラソン大会などの行事で一位とるし。
 そもそも地毛が茶色いから元々人目をひく存在だから、優れている部分もすぐに露見していた。
 そういう風に人から認められると、余計に精を出して取り組むからより目立つ、その繰り返しだった。
 今にして思うと、それが白石に虐められた原因であると断言できる。

 そのように氷室が説明すると、最後の部分を知らない他クラスの早川は目を丸めて驚愕の色で顔を満たした。
 そこからはまたしても白石と楓の間で何があったかの説明なのだが、白石は巧妙に自分の行いを隠していたのであまり詳しいことを楓以外の者が語るのは不可能なので、氷室も曖昧にはぐらかす。
 ただ、一つだけ言えることは、その白石に命令させられて氷室に嘘の告白をさせられた事だ。

「……羨ましいな、若干」
「いやいや、全然嬉しくないわよ。相手の本音じゃないのよ」
「でもさ、そういうのってOKって言われた時のことを考えるとやっぱりまんざらでもない相手に言うものじゃない?」
「あいつ次の日に転校したのよ」

 翌日に、楓は逃げたんだと非難するような口調の氷室を見て、早川はそんなものなのかなあと、箸を置いた。
 真剣な質問があると切りだした彼女は、氷室と正面から向かい合った。

「氷室さん、楓くんのこと好き?」

 氷室の動きが完全に硬直した。
 次のおかずに手を伸ばしたはずなのに、その動きが止まり、視線が泳ぎかけたかと思うとやはりフリーズする。
 そんな中、唯一呑みこんだばかりの卵焼きが自然と動いた。

「無い! 絶対! 天地がひっくり返ったらありえるかもしれないけど無い!」
「天地ひっくり返ったらあり得るんだ」

 ニヤニヤと笑いながら乙海が茶々を入れるようにそんな事を言いながら脇腹の辺りを小突く。
 しかし、早川と氷室の二人はまだ顔が真剣だった。

「……それにね、私が好きでも向こうは絶対そうじゃないだろうしね」
「何で? 氷室さんなら別に大丈夫だと思うけど」

 さっきの話の続きになるんだけど、と氷室は切りだす。
 数年ぶりに再開を果たした時————さすがに鬼ごっこのことは伏せるが————これ以上ないほどに罵ってしまったことも説明する。
 あの時の反応から察するに、基本的に氷室が楓に触れると、アレルギーのような反応が楓に起きると思いこんでいる。

「で、結局氷室さんはどう思って……」
「凄すぎて手が出せない奴、以上」

 もうすぐ昼休みが終わりそうなので、無理やりにも氷室はそうやって話を終わらせる。
 一応は答えを貰えたと納得してくれたのか、早川は引き止めなかった。






 そして同時刻、楓側でも似たような会話が繰り広げられていることを、氷室は知らなかった。
 周囲で弁当を持って待機していた教室の男子は、赤弥がせっかく氷室をつれていってくれたことに感謝し、楓に近付く。
 楓には、彼らがなぜ揃いも揃って自分の所に集まってくるのかは分かっていたが、嫌そうな顔は微塵も見せなかった。
 その代わり、氷室に対して「だから止めろって言ったんだ」と、聞こえないように愚痴を漏らした。

 落ち込みながら箸を動かしている楓の周りに色んな男子生徒が集まってくるが、知らない顔はほとんど無かった。
 というよりも、元々楓と知り合いではない奴は話しかけてはこないのだろう。
 そう言う訳で、バスケ部やサッカー部、野球部など多彩な連中が集まっている。
 この前の試合の帰りに遭遇した、氷室と話していたサッカー部の男子部員の姿も見えた。

「ところで楓ー」

 やっぱりかよ、予測を何ら裏切らない展開に楓はゆっくりと溜め息を吐いた。
 自分が面倒くさがっていると見せつけるようにしたのに、一歩もひいてくれる様子を見せない。
 そのしつこさは、できればこんなことに発揮しないでくれとは、意気消沈している今、楓の方から言ってやるつもりはないようだ。
 さて、何から聞かれるかと思い、少々身構えてみるが、もしかしたらさっきのを見て、二人が親密であるという事態はないと察してくれているかもしれないと、希望的観測を持ったが、そういう訳にもいかないようだ。

「どういう関係」
「誰と誰がだ、主語が無いのに答えられっか!」
「え、言わせる気?」

 当然だろうと頷く楓は、体のいいさらし上げに合ってたまるかと強く睨みつける。
 まあそれもそうだろうと理解したのか、楓と氷室だと彼らは補足し、その後に答えを促した。

「別に。ちょっとした顔見知り程度だよ。クラスメイトぐらいの関係でしかないし」

 ちょっとした顔見知り、その語句に彼らは怪訝そうな表情をするが、本当なのだから疑われてもどうしようも無い。
 そもそも氷室自身は、楓の顔を見るだけで、怒りのゲージを募らせるような人間だ————と楓は思っている。
 そのため、普通のクラスメイトよりも遥かに険悪な中と明言した方が正しいと楓は思っているのだが、そうもいかない。
 さすがにそれは言い過ぎだろうと言ってくるだろうし、そのためにありもしない関係を想像されるとたまらない。
 別に楓としては大丈夫なのだが、その後氷室にボロ雑巾のようになるまで罵られるのが辛い。
 なぜなら、加減というものを知っている気配が無いからだ。

「ふーん、じゃあ楓はどう思う?」
「また漠然とした質問だな、おい」

 あきれ顔になりながらも、それぐらいなら答えておこうかと楓はしばし思案する。
 自分から見ての氷室など、一々考える必要性が今までなかったために、すぐには思いつかない。
 さて、どうしたものかと、口の中の米を噛みしめるのと同時に言葉をまとめ上げる。

「うーん……外面は良いよ。初対面の人だったら普通に対応するし。ちょっとした事情で俺は嫌われてるけど、別にそうじゃない皆には普通の態度だと思う。まあ、口論になると勝ち目はないだろうけど。あ、後あいつ頭いいんだよな、けっこう……」
「そうじゃねえよ!」

 周りから、楓に向かってて厳しい一言が放たれるが、楓は何の事だか分からない。
 その強い後気に一瞬ひるんでみせたが、事態を察せられないのでぽかんとしている。

「ライクかディスライクで」
「……。別に嫌いじゃないけどね。でも好きにはなれないな。そんなことをする権利が俺にはないからな」

 昔してしまったことをうっかり吐露しないように注意して、楓は返答する。
 別に嫌いになる理由は見つからないが、好きになり、もっと言うと告白するような権利は自分には備わっていない。
 本当に好きになって告白したとしても、古傷をえぐり、蒸し返してしまうだけだ。

「権利が無い?」
「そこは気にすんな。あんまり言いたくない」

 楓の直接的な良い方に、立ち入ったこと、もしくは聞かない方が良いと、納得した彼らは何を言ったものかと閉口する。
 そんな中、一人の男子——例のサッカー部員——が口を開いた。

「あ、じゃあ俺とかが告っちゃっても?」
「別に良いけど怒らせるなよ。絶対に心がへし折られるからな。あいつの心を引き裂くボキャブラリーは絶対に舐めるな。泣くじゃすまないからな、立ち直れないからな、あいつは気に食わない奴相手なら悪逆非道の暴君だと思っとけ」

 その時に、予鈴が鳴り始めた。
 屋上に行っている者が大体帰還してくる時刻だ。
 ということは氷室もそろそろだろうと思っている丁度その時に、ドアをくぐっていたようだ。
 もうすでに、隣の席には乙海、赤弥共に座っている。
 勿論、二人と一緒だった氷室も教室にいるが、席にはついていない。
 確かにまだ後五分は授業は始まらないが、何をしているのかと思うと、彼女は楓の方に歩み寄った。

 何事かと思い、楓はまじまじとその姿を眺める。
 どうやら、視線の先から察するに、間違いなく楓に用があるかと思われる。
 昼休みにあれがあったんだからもう少しタイミングを読んで欲しいと今まさに文句をつけようとしたその時、先に氷室が口を開いた。

「ちょっと、学校帰りに付き合いなさい。話がある。その時に絶対に竹永先輩も連れて来て」

 危うくバカ野郎と叫びそうになった楓だが、最後の先輩を連れて来いと言う一言に救われる。
 竹永は陸上のおかげでこの学校の中でも有名なので、皆が知っている。
 氷室と楓の二人、だけでなく有名人が一人加わると中々状況が想像しづらいらしく、妙な方向に噂が独り歩きしないのをただただ安堵の表情で見送る楓だった。


                                             続きます。