複雑・ファジー小説
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 7話up ( No.122 )
- 日時: 2012/08/08 11:24
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: qVlw.Fue)
四章八話
西の空が、夕陽のせいで鮮やかな赤色に染まっている。
それに照らされるかのようにして、氷室の顔も紅潮していた。
先程からかわれたから恥ずかしいのか、それと違う理由で恥ずかしいのか、怒っているのかは後ろを歩く楓には分からない。
ただ、気まずいのであまり話しかけない方が賢明だとは分かっている程度だ。
そんな風にあたふたしている楓を眺めながら楽しそうにしているのが竹永で、闇戯町の中でも団地として開発された地域へと歩を進めていた。
そこに、今氷室が暮らしている家があるからだ。
数年前に大掛かりな建設事業のあったアパート、もしくはマンション群の中の一つ、そこに住んでいるらしいのだ。
学校から徒歩で二十分程度なので、それほど遠くは無い場所だ。
しかし、そのような便利な所に住んでいるというのに、楓には大きな疑問があった。
確かにそこは、暮らしやすい場所だろうが、それにしても氷室がそこへと引っ越す理由が分からない。
闇戯高校に入学するために引っ越した、確かにそうだろう。
先日白石から聞いた話によると、天候前の氷室が通っていたのは白石のいる学校だ。
そこは県の西端にあるのに対し、闇戯高校は東端に位置している。
よって、こちらは公立校なので、通うためには学区を買えないといけない。
そのために引っ越したのならば分かる。
だが、なぜ学校を変えたのかという疑問が残るのだ。
その学校で暮らすのができなくなるほど、人間関係を壊す、などということは氷室には似合わない。
よっぽど自分が忌み嫌っていなければ、罵声どころか皮肉を飛ばすことも少ない。
その他にも、家庭の事情という答えは、まったくもってありえないのだ。
そのことは前から、ほんの少しだけ訝っていた節が楓にはあった。
いきなり氷室が、よりにもよって自分のいる高校にやってくるなどという劇画的な展開。
それをただの偶然で片付けるには少々虫が良すぎる。
後ろで手を引いている人間は間違いなく存在するだろう。
誰が?
分からない。
アダムの使者が直々にそんなことをするとも思いづらく、というよりも彼らにとって引きはがしておく方が得策だ。
ヴァルハラの使者は、こちら側の生活にはほとんど干渉してくる様子がないので、却下。
とすると、全ての候補が消え去ってしまう。
何か、見落としているキーマンがいるとしか思えない。
何にせよ、現状で転校の理由を最も良く理解しているのは、当然のごとく氷室だ。
ならば、何らかの進展があるのではないかと楓は感じる。
この不可解な、運命としか言いようが無い大きな流れを、理解するための進展が。
そして、それを問いただす決心も決まった。
「……なあ、氷室」
「何よ。後少しで着くわよ」
そうじゃないと言い、楓は頭を左右に振った。
そんな小さな問題ではないのだと、諭すような口調で。
「お前、何でこっちに越してきたんだ」
「別に、あんたに関係無いでしょ」
苦虫をかみつぶしたような表情をした氷室が振り返り、楓を睨みつける。
ああ、何かがあったのだとはすぐに察しがついた。
「関係無くは無い。もしかしたら使者の連中と何らかの関連性があるかもしれないだろ」
「ハア? ある訳ないじゃない。ただの家庭の事情よ」
「へえ、両親が離婚でもしたのか」
「……そうよ、そう……!」
一瞬思い悩むような表情をした氷室が、力強くそれを肯定してみせたが、楓は目を細めた。
絶対に起こり得ないことを口にして鎌をかけてみたのだが、見事に氷室はそれにかかった。
楓の目が細められた、それを目にした氷室は、突然驚かされたかのようなハッとした表情となった。
思い出したようだ、楓が、氷室の境遇を知っている事を。
「……失敗したかな」
暗い表情で氷室が俯き、コンクリートを凝視する、ように楓からは見えた。
だが、それも刹那の間の事で、本当は、その行動は泣いているのを悟られないようにしているのだと察せられた。
雨が降っていないのに、アスファルトには雫が落ちたかのような後が残っている。
「……。そうだよな、俺に対して今の発言は間違いだ。お前の両親が離婚したかどうかなんて、分かる訳が無い」
「楓にも、私にも」
掠れるような、震えるような声で、氷室は楓の言葉を肯定する。
唯一事情を理解していない竹永は目を丸めて口を開け、ポカンとしている。
「そうよ、あんたの記憶の通りよ。私は、物心ついた時から、両親は居なかった」
「それって前に言ってた話?」
やっぱりなと、頷くような顔の楓の隣で、呆然とした竹永が氷室が告白した内容を復唱する。
そして思い出した、日向高校の女子に殴られた後、ベッドの上で楓が話した内容だ。
「はい。氷室は、0歳の誕生日に孤児院の前に置かれてずっと……孤児院で育ってきました」
「皮肉な事に、楓の家の隣」
そう、昔の楓の隣に会った故事を引きとる施設、それが氷室の生まれながらの実家であった。
子供の日、五月五日の明け方、五時半ごろに施設の大人が外に出ると、毛布にくるまれた赤ん坊と手紙が、ベビーカーの中に入っていた。
何事かと思い、親の姿も見えないので中の手紙を読んでみると、そこには育児を放棄するような文言が書いてあった。
私には、この子を育てることができません。
どうか、ここで育ててもらえないでしょうか。
この子の名前は冷河と言います。
たった産業の短い文章だが、零れ落ちたであろう涙で、紙に皺が寄り、インクが滲むのを見た職員は、よっぽど複雑な事情があるのではないかと思い、即座に上の者と相談した。
ここで引き取る、そう上部が決定したのだが、名字に困った。
そこで、彼女を、冷河を見つけた女性職員、氷室 香苗から名字を貰った、ということだ。
「そして、お隣さんの楓はよく孤児院に来て友達を作ってたから顔見知りで、小学校が同じになりました」
「それは知っている。今訊いているのは、そのはずなのになぜ今さら引っ越したのか、だ」
目を伏せたまま、無理やり絞りだすような声で話し続ける氷室のトーンは、最近の話題に近付くにつれて少しずつ下がってきた。
「……孤児院が、買収されたのよ。大企業が、タワーマンションを建てるためにって。そこら一体の土地を」
元々、国から補助が出ていたとはいえ、赤字しか出ないその場を、高額で買い取ると言う企業の申し出はすんなりと通った。
そのため、嫌でもそこの子供たちは出て行かなければならなくなった。
幸い、多額の土地の買い取り金のおかげで、新しい場所は確保できたが、スペースの問題により、年長者は出て行かざるを得なくなった。
そのため、一定額の援助を国からもらいつつ、氷室は一人で生活しないといけなくなった、という訳だ。
その際、住む家はその院の者のつてで家賃の安いところが見つかったため、引っ越したのだが、それに当たって学校を変える必要性が出てきたのだ。
そうやって、闇戯高校に移転してきた。
「つい最近悪戯のような手紙が、ポストに入っていたの。ワープロで、たった二文だけ打たれてた」
お前の家族は、お前が思っているよりかは近くにいる。
例えば、友達の友達とか、そんな風につながっているのだ、と。
「差出人は、“syunsuke kaede”となっていたわ」
瞬間、楓の脳裏に、いつぞやの時と同じくその男に対する怒りが沸々と湧いてきた。
続きます。