複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 8話up ( No.123 )
日時: 2012/08/25 17:31
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: WrJpXEdQ)
参照: 最近氷室のキャラが崩壊しかけてる……

四章九話





「またあのクソ親父が絡んでんのかよ……」

 煮えたぎるような怒りが湧きあがるが、ぶつける相手もいないので歯ぎしりする程度に収まらせる。
 普通の状況では、楓が誰かに八つ当たりをする、などという自体はそうそう起こらない。
 目を鋭くし、たしなめてやろうとスタンバイしていた竹永も、大丈夫そうだと目を逸らした。

「やっぱり、楓に関係してたの?」
「ああ、家族捨てた大馬鹿野郎だ。それは良いから先に行こう」

 これ以上は後で話すと先にくぎを打っておき、楓は前進を促した。
 陽はもうすでに、八割方が地平線の向こうに沈んでしまっている。

「そうね、人も待たせているし」

 誰かを待たせている、という発言に楓は目を丸くした。
 てっきりこの三人だけで会議を開くと思っていたからだ。
 それなのに、もう一人誰かが来ると言う話だ、一体だれが来るのだろうかと首をかしげる。
 誰がいるんだと、歩きながら楓は訊く。

「そもそも、私と竹永さんがいつメールアドレス交換したと思う?」
「えーと……ん? いつだ?」

 思い返すとタイミングが見当たらない。
 初対面では険悪な関係だった上に、鬼ごっこの終盤では分断されてしまった。
 さらには、転校初日にはパラレルワールドに飛ばされたためにまともに出逢えておらず、その翌日にはもうすでにメールしあっていたようだ。

 しかし、タイミングが見つからないのは楓だけの話であり、とある絶好の機会を彼は見落としていた。
 彼が、鬼ごっこの途中で、みにげえむのコイントスに参加していた時間だ。
 あの時間帯、まったく鬼の襲ってこない静かな時間が続いたため、その間に連絡先を交換していたのだ、“三人”で。
 そこまで説明が入り、ようやく楓もそれと察した。

「……もしかして、楠城さん?」

 楓の問いかけに氷室はゆっくりと頷く。
 確かに、考えられる面子は、その人しか考えられない。

 久々に、どころか現実世界で初めて楠城 怜司に会えると思うと、何だか楓も気持ちが高ぶってくる。
 あの人がいれば、その落ちつきが移るようで、何だかこちらも落ち着くことができる。
 そのような雰囲気を楠城は持っていると楓は感じていた。
 年齢による風格なのだろうか、それとも元来そのような気質なのだろうか、それは分からないが。

「何だか、ちょっと前の事のはずなのに、懐かしい気分だ」

 ほんの少し、視線を上にずらした楓が少し呟いた。
 そう、鬼ごっこが終わってから、まだ一週間程度しか経っていないのだ。
 それを再確認するように、言葉にし、そしてゆっくりと噛みしめる。
 今まで平凡に過ごしてきた毎日の密度がとても薄いように感じられ、いつまでこのような日々が続くのかと想いを馳せる。
 どうせ決着をつけるのならば、早い方が良い。

 だが、決着をつけると言ってもどうやってするのか。
 それは、常日頃から自問している問いでありながら、まだ答えは見つかっていなかった。
 なぜなら、げえむをする理由を、まだ楓たちは知らないからだ。
 楓は確かにアダムから説明を受けた、人間たちに強さを与えるためだと。
 しかし、そんなことは真っ赤な嘘であるとちゃんと勘付いている。
 アダム達が行っているのは、ただの大量殺戮に過ぎない、それが理由だ。
 どう考えても執拗に楓達を狙っているとしか思えないげえむ参加者に加え、嗜虐的な殺人。
 どう考えても、連中は正義の味方には思えない。
 それ以前に、有能な人間を殺すのが目的だと、ヴァルハラの使者に既に教えられている。

 しかし、ここで一つ停滞を生じる疑問が湧きあがる。
 ヴァルハラの使者は、人間と神々の間での戦争がはじまると、確かにそう言った。
 しかし、どのように闘うのか、まったく見当もつかない。
 素手で闘えと言われても、神様相手に勝てる気がしない。
 不意打ちをしようにも、向こう側と出逢う手段が人間側には無い。
 アダム達は干渉し放題なのに、こちらから触ろうとすることは全くできない、理不尽さに胸がむかむかする。

「まあ、良いわ。着いたわよ」

 たどり着いたのは、おおよそ五階建てぐらいの、質素だが清潔感のあるマンションだった。
 真っ白な壁には、くすみや汚れは見当たらず、やはりまだ新しい建物なのだと分かる。
 入口の郵便受けを覗くが、夕刊以外には入っていない様子だ。
 ガラス張りのドアを開いてマンションの中に入る。
 エレベーターは無いようなので、階段で上がる、何階なのだと訊くと、氷室は三階だと即答した。

「それにしても、結構良い所だな、ここ」
「でしょ。でも、空き室がまだあるみたいよ。家賃も安いのにね」
「周りがもっと良いだけじゃないか」

 この辺りの地価は元々そんなに高くはなかった、と母親から聞かされていた楓は、周りの建物を指差した。
 似たような家賃で、もっと広い部屋の物件も多いとは、噂話で聞いていた。

「まあ、それもそうよね。私は一人暮らしだからここでも広いんだけど」

 適当に話しているうちに、いつしか三階に達していた。
 奥に向かって歩いていくその途中、誰かに見られているような気配を察した楓は下の方を見た。
 そこには、男女が一人ずつ立っていた。
 男の方は闇戯高校の制服を着ていて、女の方はランニング用のシャツを着ている。
 男が肩から提げているのは、見慣れた陸上部のエナメルなので、知り合いかと思ってよく眺めてみるが、誰かを判別する前に踵を返して立ち去られる。
 女の方はというと、何かを思ったかのようにこのマンションに入り込む。
 まあ、別にそこまで気にするようなことではないとすぐに思いなおし、氷室に追いつく。
 隅の301号室の表札には氷室、とあった。

「そろそろ楠城さんの来る時間のはずなんだけど」

 そう言って、氷室は下を眺める。すると、やや急ぎ足の男性が鞄を持ってこちらに向かっているのが見えた。
 ああ、あれは間違いないと、楓はすぐに頷くことができた。
 その男性は、間違いなくあの楠城 怜司だった。
 氷室もそれに気付いたようで、どうせなら家の前で待っておくかと思ったのか、そこで立ち止まる。
 無言で了承した竹永も、同様に足を止めた。

 少し立つと、コツコツとした乾いた音が響き始めた。
 誰かが階段を上がってきているのだろう。
 さっきから見ていた限り、この建物に入ってきたのは先程の女性と楠城さんぐらいだ。
 とすると、楠城さんよりも先に女性が来たのだから、まずはそちらだろうと察する。
 とすれば、知り合いではないはずなので、じろじろ眺めているのも失礼だろうと目を逸らす。

 だが、女性のことを見ていない氷室と竹永はじっとその方向を見ているままだ。
 しかし、楓は見た、二人が酷く驚いたかのように目を丸くしたのを。
 直後に、階段の方を振り返る。
 すぐそこ、つまりは階段の踊り場で一旦足音が止まったからだ。
 三階に用がある人間、ということなのだろうと思い、振り返るとそこには見知った顔があった。

「やっぱり、楓くんたちじゃない」

 そこにいたのは、女子マラソンの期待のルーキー、と呼ばれている斎藤選手だった。




続きます。