複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 9話up ( No.124 )
日時: 2012/09/07 20:35
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: BlNlQAlV)

四章十話




「斎藤……さん?」

 予想外の人物の登場に目を丸くしたのか、氷室が口を大きく空けてポカンとする。
 竹永も、この人物の登場は予想外なのか、ただただ黙って、彼女をまじまじと見つめている。
 このことから、この人物の登場はこの二人にとっても予想外なのだろうなと、楓は察した。
 それも当然だ、楠城ならば確かに連絡先を交換する暇はあったらしいが、斎藤の場合はその時間がなかった。
 まず、楓がいきなり連れてきた上、その直後に鬼の襲撃があったのだから仕方が無い。

 しかし、なぜ氷室たちが驚いているのかよりも、なぜここに斎藤が来たかを考えた方が良いと考えた楓は声をかける。
 彼女が、本当に自分の知っている人物なのか確認するために。
 こぼれ出たセリフは辛うじて、目の前の人の名前だけだった。

「そうだよ。久しぶりだね、皆。それにしても三人とも同じ高校の生徒だったんだ」
「えっ、あぁ、はい。それにしても、何でここに……」
「ああ、その事だんだけどさあ」

 ふと思い出したかのように、彼女は語り始めた。
 先日、大阪でのマラソンでの結果をきっかけに、強化練習のために関東に行くとコーチに言われたのがきっかけらしいのだ。
 そして、一昨日、そのコーチがいきなり宿を指定したらしいのだ。
 宿ではなくホテルだが、それはさておき、それが闇戯町だったのには奇妙な運命を感じたらしい。
 楓が地元の人間だとは聞いていたため、頑張って探してみようかと思ったらしい。
 そんな矢先に、楓と同じ高校の陸上部を見つけたらしい。
 そして、彼が案内したのはここだった、という話だ。
 彼も中長距離であるため、斎藤のことをよく知っていて、そのためかすぐに信用してくれたらしい。

「ちょっと……待って下さい!」

 どうしてだと、楓は頭を振る回転させる。
 同じ学校の陸上部、長い距離の方に身を置いている、男子、それらを繋ぎ合わせてみると、どう足掻いても結論は一つ。

————元眞 代介以外に考えられない。

 だが、そうだとすると腑に落ちない事態がある。
 代介は、楓の家を知っているのだ、それに今日の放課後に氷室に会うとは確かに知れ渡ってはいたが、氷室の家に来るとはさっき初めて聞いた。
 そのため、代介に、今日楓が氷室の家に来ることは分からないはずなのだ。
 それ以前に、楓には代介が氷室の家の場所を知っているとは思えなかった。

 何がどうなっている?と自問するが、答えは見つからない。
 それよりも気になったことを、斎藤にぶつけた。

「斎藤さん……コーチは、誰ですか?」
「ん? 皆も知ってると思うよ。過去の日本マラソン界の英雄、楓 俊介だけど」
「……やっぱり」

 どこにでも首を突っ込むその姿勢が気に入らず、楓は歯ぎしりする。
 だが、余計なことを言って斎藤を板ばさみにしてしまうのは申し訳ないため、口をつぐむ。
 とりあえず、今は楓と俊介の関係は、ただ名字が被っているだけ、そう思っておかれた方がありがたい。
 気不味い雰囲気が漂う中、玄関の前でずっと立っているのもあれだと提案した氷室がドアの施錠を解こうとした時、本来来るはずの訪問者が、ようやくその顔を出した。
 たった今このタイミングで忘れてしまっていたとは、誰も言い出せない。

「何だ、斎藤さんまで来ているとは聞いてないぞ」

 現れたのは、灰色のスーツをきっちりと着た、楠城だった。
 眼鏡をかけて、会社員がよく持っていそうな、手さげの鞄を持っている。
 予想外の客、斎藤に少しばかり彼も驚いているようだ。

「いや、俺たちも驚いたことに、偶然出くわしちゃったんですよ」

 一々説明しなくても大丈夫だろうと楓は思ったため、練習中にたまたま出逢ったことにする。
 不思議なこともあるものだと彼は首をかしげたようだが、今はそれは気にしないようにしたいらしい。
 明日も平日で仕事や学校はあるのだから、楓や竹永も急ぐ理由はある。
 今度こそ、氷室は家の鍵を開け、屋内へと入りこんだ。
 それに竹永、斎藤が続き、開いたドアの正面に楓と楠城が残った。

「お久しぶりです」
「久しぶりだな。お前は知らないだろうが、俺の所にもついこの間のお前の話は届いているぞ」

 何のことかはよく分からないので、楓は怪訝そうな顔をしたが、おそらく竹永たちに聞いたのだろうと判断し、ドアをくぐった。
 最後に入った楠城が内側から施錠する。



「えっ、楠城さん県庁で働いてるんですか!?」

 氷室の部屋に入ってすぐ、楓が口にしたのはそれだった。
 不意に、上司に対する楠城が語りだしたため、それに耳を傾けていると、次第にそれは行政の話だと分かった。
 しかも、県庁のお偉方もどうたらこうたら、と言い出したのだからそれは確定だった。

「どこで働いていると思ってたんだ?」
「大手企業」

 訊いたことが無かったので、勝手にそうではないかと思い込んでいたのだが、まさか公務員だったとは知らなかった。
 それなら、このきっちりとした見かけと、高給そうな身だしなみも納得できる。
 年齢は三十半ばから四十半ばぐらいだろうから、管理職についていてもおかしくないだろう。

 今時大手企業の方が入るのは難しいかもしれないと言うと、楠城は地面に腰かけた。
 その時に、思い出したように話し合いの口火を斬るような発言をしたのだ。

「で、楓。同期の知り合いから聞いた話なんだがお前、この前競技場で有名人に突っかかったそうじゃないか」

 ああ、そういうことかと楓は先程の楠城の言葉に納得する。
 きっと、ゲストのような雰囲気を出していた俊介は、県庁の方から接待されたのだろう。
 とすると、息子が掴みかかってきた、という話題はその中ではすぐさま拡散するだろう。
 女子陣、とはいえ竹永以外が、敏感にこれを察知した。

「あんたの父さん、そんな凄い人なの?」
「私のコーチって楓くんのお父さん!?」

 ああ、そう言えば言っていなかったな、と思い返した楓が説明を始める。
 週末に父親が現れたこと、父親のセリフ、そこから察せられること。

「父さんが言ったことのうちの一つ目。一番最初の鬼ごっこクリア者は、父さんだということ。これは予想の範疇で、そもそも裏世界の都市伝説が流れた時点で、裏世界から帰ってきた人が一人はいるってことになりますから。それが父さんだったという話です。二つ目、ヴァルハラの使者は父さんの知り合いだった。このことから、あいつはこっちの味方だとほとんど断言できると思います」

 とりあえず、巫女についてのことは伏せておいた。
 実家が神社の友達など、楓にはいないため、とりあえずは議論の対象としなくて良いだろうと思えたからだ。
 だが、これは議論というよりも、ただの報告に終わったな、とは楓以外が感じていた。
 もはや、楓自身が結論づけてしまっているのではないかと内心で突っ込む。
 これ以上、自分たちに何を言えと言うのだろうか。
 楓以上に頭の回る人間など、ここにはいないというのに。

「それはおいておき、戦争について、そちらも考えてみないか」

 楠城が咄嗟に提案した議題は、神々と人間との戦争が、どのような形式で行われるか、ということだ。
 大体の勝負の場合は、特殊な力を使うことができるであろうアダム達の方が絶対的に有利だ。
 頭脳戦なら、まだ楓が頑張ればこちらに優勢に傾くかもしれないが、イグザムを考えると不安だ。
 肝心のアダムは大したものではないが、Deathという使者や、イグザムを考慮すると向こうにもかなりのメンバーが揃っている。

「それを何とか調整するための、ヴァルハラの使者かもしれません」

 ここで、氷室に以前語った『ヴァルハラの使者=北欧最高神オーディン説』を持ち出した。
 聖域ヴァルハラに住まいし神、オーディンこそがその正体ではないか、という仮説だ。
 これは、案外あっさりと受け入れられた。
 とはいえ、北欧神話を知っている楠城だけだったが。

「そうか、だとすると本当に戦争であることも考慮しないといけなくなるな」

 戦争なんて、下らないのに。
 誰が言うでもなく、それは皆の脳裏に刻まれていた。


次回に続きます。