複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム=  ( No.128 )
日時: 2012/12/15 19:34
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: KFOyGSF/)

四章十一話




「障害……ですか?」
「うん、そう。とりあえず楓君読んでみようか」

 斎藤がそう言うと、目配せされた竹永が頷いて、楓の方に向かってどれだけ時間がかかっているんだと呼びかける。
 勿論、本来のお茶を入れると言う用件はとっくに満たしているのであろうが、ちょっとした避難のためにわざわざ時間をかけているだけだ。
 しかし、この時氷室の頭に一つの疑問が思い浮かんだ。
 それなのにどうして、一回目の給湯の補助の時はすぐに戻ってしまったのか。
 それがまだ分からない彼女は、竹永に向かってその質問を素直にぶつけてみる。
 すると竹永は、難しい顔をした。

「それなんだよ、問題は。原因はあんたにある?」
「えっ……私、ですか?」

 その時、ノックと共に、楓が部屋の中へと戻ってくる。
 その手には竹永用のお茶が入った湯飲みがある。
 それを丁寧に先輩の方に渡すと、もう大丈夫だろうかと竹永に目配せし、それに頷いたのを目にしてから座ろうとした。
 その時に、座り込もうとする彼を、竹永は呼びとめた。
 突然の呼び掛けに楓はキョトンとする。
 楠城はというと、先程と同様に憐れむような目を、今度は楓に向けている。

「楓、ちょっとこっち来い」
「俺ですか?」
「そうだよ。ついでに冷河も」

 呼び出された二人はおずおずと、呼びだしてきた彼女の前に正座した。
 しかし二人とも呼ばれる理由が分からないために、怪訝そうな表情をしている。
 なぜ今、こんな事をしているのだろうと、しきりに首をかしげている。

「二人ともちょっと手ぇ出して」
「えっ?」
「早く!」

 唖然とする二人をさておき、竹永はさsっさとしろと二人をせきたてる。
 両者まったく納得がいかないのにも関わらず、竹永一人がいそいそと張り切ってその場をリードしていた。
 しかし、斎藤はそれを止めに入ろうとはしないし、楠城も達観を決め込んでいる。
 何事だろうかと二人が手を突きだしたその瞬間、竹永はその二つの手を握った。
 突然手を掴まれた二人は驚いたが、それ以外には特に顔色に変化はなかった。
 しかし、次の瞬間である。

 竹永が不意に、その二つの手を触れ合わせた。

 変化が起こったのは、その瞬間だった。
 楓と氷室が慌ててその手をひっこめた。
 反射のように、彼らの意思とは無関係に起こったであろうその反応は、竹永の予想通りで、掴む手を無理やり引きはがすような力があった。
 そして、先程言おうとしていた事が確証に変わった今、それを実証した彼女の眼は相当に険しくなっていた。

「ちょっ……何するんですか竹永先輩!」

 まず最初に、反射的にそう叫んだのは氷室だった。
 頬は上気し、朱に染まっており、声を荒げるなどかなり狼狽している。
 ただ、どことなく嬉しそうな気配がするのは竹永の気のせいではないだろう。

 そのように、熱帯のような反応をとった氷室と、対照的な反応を取っている彼の方を皆は注目した。
 言わずもがな、この場合は楓のことである。
 楓はというと、まるで南極に来てしまったかのように冷え切り、青ざめてしまっていた。
 凍ってしまったかのように固まり、顔からは戦慄だけが迸っている。
 口を開くのを待っていても、何も喋れないだろうことは誰もが悟った。

「楓、大丈夫か?」

 最初にそのように問いただしたのは、竹永だった。
 多少はこうなることを予測している彼女の口調は非常に淡々としたもので、気遣いなどは欠片も感じられない。
 むしろ、現実を氷室に突きつけるためにわざわざより平坦な声に努めている。

「大丈夫って……ちょっと大げさ……」
「大げさなんかじゃない」

 何も答えない楓よりも先に、未だ顔が紅いままの氷室が先に口を開いた。
 たかだか手が触れただけでその言葉はひどく大仰ではないかと思ったのだが、その言葉も手厳しく竹永に切り捨てられた。
 事実、楓の硬直状態は未だにかなり激しいままだ。

「もう一度訊くぞ、大丈夫か?」
「……いえ、その…………」

 再度質問してみせる際、竹永はその語調を強くして見せる。
 その迫力に気圧された楓は、おずおずと口を開いたが、その返答はやはり曖昧としたものだった。
 しかし、何となく否定していると言う雰囲気だけは氷室にもひしひしと伝わってきた。

「じゃあ、どうなんだ……」
「どうって……」

 一瞬楓が言葉をつまらせるが、すぐにその口は再度開かれた。
 強い語調で、堰を切ったかのように。

「良い訳がないでしょう! 確かに俺は別に良いですよ。別に多少誰かと手が触れ合ったって……。でも、氷室が、相手が俺だったら絶対に良い気はしないに決まってます! 逆に俺が嫌がる理由はあっちゃダメなんです。氷室が俺を避けるのは当たり前で、気分を少しは害するのも当然です。何だかんだ言って、氷室は……優しいんで許しているんでしょうけど……多分それでも俺は、嫌悪されていないといけないんです、きっと」

 途中、ぶつ切りになりながら、言葉に詰まりながら、訥々と彼はそう答えた。
 語気を強めたり、弱めたり、感情の抑揚が分かりやすい話し方だった。
 無意識のうちにそうなってしまっていたのだろう。
 ただ、竹永はいまだに鋭い眼を緩めていなかった。
 それよりも、鋭く切り込んだ。

「楓、本当にそんだけか?」
「いえ……」

 そう言ってちらりと、楓は氷室の方の様子を窺う。
 不意に視線を寄せられた氷室はまたしても心拍数が上がる。

「その……正直、氷室といるのは苦手なんです。嫌いじゃないんですし、というか、本人が嫌な訳ではないんです。でも、氷室を見たらちょっと委縮してしまって……」
「それは何で?」
「……空港での、話です」

 空港と言われて、斎藤は一体何のことなのだろうかと首を傾げた。
 それも当然の事で、その出来事は斎藤と知り合うよりも前に起きた事件だからだ。
 竹永、楠城、そして氷室の順番で楓の言おうとしているのが何なのか思い当たった。
 最初のげえむ、『鬼ごっこ』の序盤に楠城の怪我を診るために立ち寄ったあの空港だ。
 そこで楓は再開、竹永と楠城は初対面を氷室と果たした。

「その……あの時、おもいっきり氷室に罵られて、気付いたんです。自分がどれだけ酷い事をしてしまったのかを。そう思ったら……話すのが、近寄るのが、接するのが凄く申し訳なくて……。氷室の本音が分からないんです。許してくれているのか、我慢しているのか。そうやって考えれば考えるほど怖くなってきて……」

 それを聞き届けた竹永と斎藤の二人は、やはりそうかと目で合図を交わして頷いた。
 楠城も、仏頂面を浮かべてはいるが、大して驚いてはいない。
 おそらく、三十代後半とはいえこの中では最も長い人生経験で察していたのだろう。

「多分、俺のしたことは多少の償いで拭いきれるほど綺麗じゃないです。でも、俺はそれから逃げ続けるしかできてないんです」

 すいません、先に帰ります。
 そう言い残して楓は、先にその席を立った。
 ようやく氷室はさっきの楓の態度が分かった。
 逃げてきたはずの台所から、逃げるように元居た部屋に帰ったのは、氷室と顔を合わせるのが辛かったからだ。

 一人減ったその部屋には、気まずい空気が流れたが、それをいち早く消し去ろうとしたのは楠城だ。
 一応は年長者の自覚があるのだから、そろそろ事態は収束すべきだと思ったのだろう。
 楠城は少し皺の寄った手を、氷室の方に置いた。

「結局、お前はどう思っているんだ?」

 氷室はまたしても、すぐにそれに正しく答えられない。
 竹永の判断で、この日の集会はお開きになった。





続きます。