複雑・ファジー小説
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 鬼ごっこ編第十八話更新 ( No.22 )
- 日時: 2011/09/19 16:42
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: PJWa8O3u)
第十九話 アダムの使者
息が苦しい、こんな量を走ったのはいつ以来だろうか。それよりもこんな距離を走ったことがあるのだろうか。そんなことを鬼から逃げながら彼女、氷室冷河は考えていた。直射日光は手加減することなく自分たちの頭を照りつけてさらに疲労を誘っている。ほとんど夏に近いこの気候は疲労を自分の元に誘い、自分を熱射病に誘っているようだ。普段から走り慣れていないせいか、もうかなり足が棒のようになっている。昨晩、空港で楓秀也に啖呵を切ったのは良いが、これでは示しが付かないな、と苦笑を洩らす。暑さと疲れで意識は朦朧としてきて、体中が燃えるような感覚がする。こんなことなら普段から運動でもしていたら良かっただろうと自分を叱りたくなる。
「おい、れい・・・氷室、お前体力は大丈夫か」
そのあまりにもの疲労具合に気付いたのか、楓が声をかける。ただし、やはり少しは抵抗があるのか、一旦下の名前で言おうとするも上の名前で呼びなおす。それに対して氷室は何も言葉を返さなかった。というよりも返せなかったのだ、口元の筋肉をほんの少し動かすだけでも今の状況では重労働以上にしんどいのだから。そして楓は辺りを見回して、一旦先頭に立つ。手で楠城と竹永が走るのを抑制した。ゆっくりと集団はその歩みを止める。
「どうした、楓?」
いきなり止まった理由を竹永が問いただす。後ろを指差しながら説明を始める。どうやら、鬼を捲くことには成功したようだ、と。結構広い大通りに出てしまったのだが骸骨の集団が迫ってくる様子は見受けられない。だったら一旦回復して次の襲撃に対応できるようにしておいた方がいい。ここで無意味に逃げて走り続けることこそ体力の浪費だ。そこで息を吐いてそのまま座り込もうとする氷室を楓と竹永は止める。
「何するのよ」
その行為に対して当事者である冷河は厳しい顔つきになる。どういう了見でこのようなことをしているのか簡潔に述べろ、と目で物語っている。その質問に、二人は普段からよく言われていることを口にする。
「着かれている時は座るよりも、立ったり歩いたりして回復した方が良い。じゃないと足に乳酸が溜まるからな」
そうだ、疲れ切った状態で倒れ込んだり座ってしまうとより身体に疲労が溜まる。それを肯定するように斎藤も頷いている。辛い顔つきをしているが、一応は納得したらしく、多少は辛そうな顔をするが、その場に立った。昨日の晩から思うことがある。この目の前にいる人間は本当に自分の知っている楓秀也なのか、と。彼が自分にした所業は許したくない。ほとんどの者が冗談か、と言って笑って受け流すようなことであっても誇り高い性格の持ち主の彼女にとっては許されざる所業だったりするのだ。でも、昨日の夜から共に行動をしているこの男子の行動はそんなことを本当にしたのかと訊いてみたくなるほどに、仲間思いで、その仲間には優しすぎるような気がする。そういう風に猫を被っていると初めは思っていた。しかし、接するうちに気づくことがある。演技とは思えないほどその行動一つ一つには真剣さがこもっているのだ。
「どうして・・・なんだろうか・・・」
誰にも聞こえないように小さくそこに呟いた。最初に出会った時にあんなに酷いことを言った自分になぜここまで親身になって親切にできるのかが分からない。過去の諍いを何年も引きずって来ている自分を横に並べると本当に自分が醜く見える。溜息を吐く、それ以外に今できることは無かった。簡単に勝負などと言ったが、今一番活躍しているのは楓だということは考えることも無く分かっている。それはあの天の声も言っていたことだ。黙りこくる、他の音を聞かないようにする。さわさわと流れるように吹く風の声、近くにいる叶の声、そして楓の声も。
———カチャッ・・・カチャッ・・・カチャッ・・・
音を意識しようとしていなかったのに、遠くの方から声が聞こえる。いや、近くの声を聞かないようにしていたから聞こえたのかもしれない。不吉と死を告げる金属音が聞こえる。相当うっすらとだが、硝煙の臭いがする。自慢ではないが五感は良い方だ。視力は5.0以上だし、耳は人より数倍高い音、数倍小さい音も聞こえる。嗅覚だって結構優れている。流石に犬には勝てないが。人が薄いという味付けが調度良く感じる。触角や痛覚が鋭敏なのはちょっと残念だが。この音は連中が近づいて来ていることを告げる音、急いで知らせないといけない。
「来ている、早く逃げないと!」
そう氷室が言った瞬間にわずか百メートル程度先にいるところから鬼たちの姿が現れる。それを見て慌てて全員が物陰に隠れ、そのまま真っ直ぐその方向に走り出す。この際、楓と氷室の二人と残りの三人が分岐してしまった。不味いと思ったが今通りに戻ったら撃たれる。そのまま分かれたまま走り出す。連絡手段、集合場所の打ち合わせ、そんなもの全くしていない。今までとは全く違い、完全に分断されてしまった。氷室の体力を秀也は確認する。それなりに回復しているようで、息は整っている。鬼の集団は比較的人数の多い竹永たちの方に曲がった。その際に感じたこと、それはリーダーと言える存在が見受けられなかった。すぐに楓は結論に達した。大してその司令塔の役割はいない、と。とりあえず向こうは年長組二人がいるから何とかなると信頼する。
「へえ・・・あんなのが残ってるのかよ?」
その情景を上から見ている者がいた。それは、人間では無かった。しかし、普通の鬼とも少し違っていた。来ている服は迷彩では無く純白で、顔の骨は人間の物では無く、まるで草食動物の頭蓋骨に肉食獣の牙を取りつけたようなものだった。
「このジールがこっちの二人側を何とかする!イクス!お前は三人の方を頼むぞ!イグザム様のお手をわずらわせることなく片を付けるのだ!」
その頭蓋骨には一つのアルファベットが刻まれていた。彼の持つ称号は『Z』、聖騎士団の中でも最弱、というより最低ランクの一人。基本的には『X』の称号を持つイクスと『E』の称号を持つイグザムと共に動く。A〜Eの五人は幹部であり、B〜Eを含むA以外の者全てはアダムの使者とくくられる。そしてAは聖騎士団のトップの唯一の側近。
「楓秀也・・・イブ様の恐怖の根源・・・」
意味深な言葉だけを言い残し、無線でイクスの返答を待つ。了解という短い言葉だけが返ってくる。本番は、これから・・・
続きます
_______________________________________
長いからもう何も言えません・・・