複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム=  第三十話更新  ( No.48 )
日時: 2011/10/24 17:30
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: OGmuT4jt)

第三十話 叱咤激励








 走っても、走っても。走っても走っても走っても走っても、いくら遠ざかってもあの足音は一向に耳から離れない。流石に少しは動きにくいのだろうから、差が詰まっているということは無いのだが、この追い上げはあまりにもおかしい。
 この辺りは、地元の人でも相当慣れている者でないとあっと言う間に迷ってしまう細い路地裏。初見の人間が自由自在にひょいひょいと動き回れるような所ではない。
 それなのに、それなのにだ。イグザムの隊が自分たちから遠ざかっている気がしない。まるで、自分たちの後を正確にたどれるかのように、さっきまで自分のいた位置からガシャガシャとした金属音が聞こえてくる。
 まだ楓には体力が残っていたが、氷室はどうであろうかと、楓は氷室を危惧して振り向いたがまだ余裕そうな表情で真っ直ぐ走っていた。それでも、離れることのないイグザムには不可解な念と苛立ちを覚えているようだ。

「くそっ・・・あいつらいつになったら離れるんだよ」

 音を上げたかのように、弾む息の中で楓は不安を口にする。どうやってあいつらが自分たちを追っているのかを考えないと。ただひたすらそれだけに集中する。
 音で察知している?いや、それは無いと即座に心の中で打ち消す。それならばよっぽど自分の隊列の方が五月蠅いのだから不可能だ。聞こえる訳が無い。
 上空から何か飛ばしているのではないかとも考える。だが、この辺りは屋根がある部分も多数存在し、しかも何度もそういうところを通っているのでその可能性も無くなる。
 発信器なんてちゃちな物は使わないと、楓はイグザムの良いように錯覚していた。まさか幹部が発信器なんてありきたりなことはしない、そう考えると呼んだイグザムの策は見事に当たっていた。

「いつになったら・・・」

 さっきから、全く進展の無い思考に苛立ちながら考える、ただ単に偶然で奴らが付いて来ていることを信じ、足を動かす。左右に折れ曲がり、次々と道筋を変え、何分も走りまわっているのに一向に追跡が途絶えないのだから、そんなことも無いのだが微かな希望にすがりつきたくなる。

「ジールとは・・・えらい違いだな。これじゃ・・・」

 これじゃ、の先は言ってはいけないと慌てて口をつぐんで大きく首を振ってその考えを打ち消した。何を言っているんだ、諦めてどうする、と自分に激を飛ばすが、負の感情は深奥まで潜り込んでいて、そう簡単に消えようとしない。
 もう一度、氷室の方を振り返るがまだ体力は大丈夫そうだった。しかし、何かに対して怒っているようにやや目が細められていた。苦虫を噛み潰すような表情を浮かべて、ただ一点を睨みつけている。
 そんなことを確認し、前方に向き直ろうとすると、思わぬことが起きた。突然、イグザムが追ってくる事も構わずに、氷室は楓に体当たりを決めて、押し倒した。
 マラカスの音を低くしたような、地面と服が擦れる音がその場に反響する。横向きに倒れた楓は、痛みよりも驚きの方が大きかった。咄嗟の受け身でそれほど怪我をしなかったというのも一つの原因かもしれないが。
 そんなことよりも、なぜ氷室がこのような行動に出たか、それが自分の最も危惧していることだった。なんでこんなことをしたんだ、と聞くよりも早くに氷室が大声で、怒号を飛ばした。

「いつまでボウッとすてんのよ、さっさと頭働かせなさい、最低人間!」

 いきなり、さっき以上の驚愕が訪れ、目が点になる。えっと・・・今なんでこんなに怒られているのでしょうかと誰かに訊いてみたくなった楓は、意識が半分飛んでいる状態で反論する。

「さっきから、考えてるよ。でも、全然思い浮か・・」
「言い訳は聞いてないのよ、さっさと考えなさい。というよりその落ちぶれようは何よ?肩にずっと発信器付けられてたのに気付いてないの?」

 そう言われた瞬間にまさかと思ってさっき触れられた方の肩に目をやった。そんなことはしないだろうと思っていたことが、確かにそこにはされていた。そこに対して後悔しようとすると、さらに叱咤の言葉は飛ぶ。

「そりゃ私だって気付いたのはついさっきよ。でもね、あんた一人で何でも考え過ぎなのよ。あっちに付いているのは奴隷、こっちには味方がいんのよ。奴隷はたださせたいことをやらしたら良いけど、仲間だったら協力しなさい。力になる、ならない関係無く!そう、あんたの先輩が言ってたわよ」
「だったら・・・なんか考えてくれよ、とりあえず時間稼ぐ方法とか!」
「それを今から二人で考えるんでしょうが!まあ、今この瞬間は無理かもしれないけどね」

 あまりにもの言われようの自分に情けなくなった楓は逆上し、自分に向けるべきはずの怒りを氷室に向ける。
 だがそれすらも、あっさりと彼女に返され、たじろぐ。そして、今は無理という言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。なぜ今だけは無理なのかが分からない。

「今のあんたはね、空港にいた時とも、コイントスに行っていた時とも、学校で合流した時とも、ジールと対決した時とも、全然違う。ただのそこら辺にいる焦り気味の高校生になり下がってんのよ。私達が信頼している、天才とは全く違う。昔の、私だけが知っている最低人間でしょ、それじゃ」

 この言葉に、最初は全く反応できなかった。その次の瞬間には己の耳を疑った。『私達』が信頼している、『天才』という言葉は、おおよそ氷室の口からは楓には発されない筈の言葉。なのに、至って自然にその言葉は冗談でも無く現実に、間違えようも無く出てきた。
 ああ、そうかよと楓は弱く呟く。まだ抵抗する気かと氷室はさらに叱責しようとする、が・・・

「分かったよ、やってやる。お前がいうぐらいなら天才なんだろ?今からイグザムにひと泡吹かせてやろうじゃねえか。その前に、結構来てるから逃げないとな」

 右肩の忌々しい機会を強引に毟るようにして取り、力強い表情をしているのを目に収めた氷室は、フッと笑った。
 ふと楓が、反射的に顔が紅潮させたのは、本人にも分からないほどの、微かなものだった。





                                            続きます




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さてと、宣言通り今回の氷室の活躍は上々だと思います。
今までで最も扱い良かったと思います。
次回、イグザム対楓の仕切り直し。
では、次回に続きます。