複雑・ファジー小説
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 第四十三話更新 ( No.72 )
- 日時: 2011/11/22 19:40
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 01wfR6nM)
第四十四話 金曜日
「そういえば、金曜日なんだよな、今日」
楓はそんなことを思いだして呟いた。今日が金曜日だとどう不味いのかというと、今日この日が終わると試合に行かないと行けないので陸上部員意外と接点が全くなくなる。
つまりだ、陸上部の人間以外が参加者だった場合、今日中に見つけないといけないと言う事だ。しかも仇無、アダム曰くどうやら参加者を指名できるのはたった一回だけ、それも、自分が参加者だとアピールできないというさらに面倒な条件付き。それだけでなく、すでに入っている予定をすっぽかして参加者探しはできない。
もし、それを破ると、当然のように死が待っている————。
今日を逃すと竹永、乙海、代介の三人ぐらいしか接することのできる人間がいなくなる。それ以外の者が参加者の場合、すぐさまこのげえむは失格、この世界も自分自身もすぐに消えてなくなる。
「しかも、その今日も真ん中を通り越しちゃったし・・・・・どうしたらいいって言うんだよ」
もうすでに今日の昼休みは始まり、整地が始まっていた。日替わりの当番制なのだが、何もこんな日に当たらなくともと、顔をしかめる。やはりこの時間も陸上部としか関わりが無い。
深刻そうに溜息を吐いた時に、隣で整地している名も知らぬ野球部員が発した言葉がふと、楓の耳に入った。
「転校生の一人、すっげえ可愛かったぞ!多分俺らのクラスの誰よりも!」
そんなことをあっさりと、しかも大声で口走っていることに、楓は若干苦笑した。本人は絶対に聞いていないだろうが、大声で言うようなことではない。さらに、楓にとって氷室の男子からの人気にはさらに舌を巻くばかりだ。
「えーと・・・氷室って奴だろ?廊下側だから見えたんだけど何か、もう片方の転校生が入ったすぐ後に、体調が悪いのか少しふらっとしてたぞ」
体調が悪い、その一言に楓は目を見開いた。そんなことがあるはずがないのだから。確かに、鬼ごっこでは疲れただろうが、こっちの現実に戻って来てからの体調は、第一のげえむが始まる前よりも良いような気にもなった。つまり、げえむのせいで体調が不良になることはない。
さらに、あの空間でだけ全ての病気やけがから解放されるなんていうのももちろんありえない。もしもそれが真実ならあっちの世界に入り込んだ途端に驚きの色を見せるはずだし、どこかで口にする可能性も高い。
ここに何かかくれんぼをクリアするヒントがあるのではないかと、楓は考え始める。昨日何度か感じた違和感を共に、もう少しで答えにたどり着けそう、そこまで行ったのだが不意にその前身は遮られた。
「楓ー、手ー止まってんぞー」
遠くから代介が叫ぶ声が聞こえる。これでは迷惑がかかってしまうと、慌てて止まっていた手を動かし始めた。脳内での議論は一旦終わりにして土をた依頼に整える作業に集中すると、さっきまで託されていた鍵の原型は、再びどこかに預けられた。
四時間目、科目は体育。最近の授業はずっと水泳だ。夏だから仕方ないと思いつつも、いつも陸の上で動いている楓にとって水泳は苦手だ。決して遅い訳ではない、遅いのだ、尋常ではなく。
設定タイムがクロール五十メートルで四十五秒、しかし自分はどんなにあがいても五十三秒程度が限界。代介は四十四でギリギリセーフになった。
フォームはきれいなのになぜそんなに遅いのか分からないといつも皆から嘆息されている。そろそろ現状を打破したいと思うのだが、全く改善されない。ちょっとしたスランプ状態だ。
「もういやだ、この透明な液体が劇薬に見えてきた・・・・・」
「相当病んでんな。いっそのこと諦めて楽しめよ」
「そうだな、そうするか」
代介から気楽にいけとアドバイスが来る。神経質にしてもふざけても、結果が変わらないなら楽しい方が良いという案だ。そういう性格だから代介にはストレスは中々溜まらない。それが楓にはたまらなく羨ましい。
ふと、キャッキャキャッキャと黄色い声を上げて楽しんでいる女子が目に入った。ああいう風に楽しめたら良いと言う事だと思うが、どうにもできる気がしない。
視界の端に氷室が映った時に、さっきの野球部の一年が言っていた言葉が脳裏に響いた。
—————体調が悪いのか少しふらっとしてたぞ。
「あれ?じゃあなんで、プールなんてしてんだよ」
おかしい。どう考えてもこの違和感はぬぐえない。まさか、その転びそうになったのは、もっと違う何かが絡んでいるかもしれないと。
だが、何度目かは分からないが、思考する楓の手は止められる。今度は今までよりも遥かに酷い止め方だったが。
「今から、クロールのタイムトライアルを行う」
遂にキター、と周りの男子は次々に喚きだす。その子供っぽさに遠くでクスクスと女子は笑っている。クールを決め込んでいるのか、深刻な表情で黙りこくる氷室だけを例外として。
それは自分も同じかと、楓は苦笑する。ここ二日ほど、笑いという笑いがとても悲しげなもの以外が無くなっていた。自嘲する笑い、酷い状況に対する苦笑、不味い事になった時に浮かべた失笑、深刻なのはどっちだよと、誰かが言ったように感じた。
「よし、早くコースに並べ」
男子はここで順番を譲り合う。一番最初は中々にプレッシャーがくる。ただ、こうなると楓は断ろうにも断れない振り方をされる。
「学級委員!行ってこい!」
やはりそうなるかと、楓は深い深いため息を吐いた。この雰囲気を達した時は決まって楓に順番が回ってくる。拒否しようにも、クラスの鑑になれと、冷やかされる。
楓行くなら、とクラスの中でも遅い運ぜいが三人ほど手を上げた。
「てめえら・・・俺で自分の遅さ隠すつもりだな・・・」
もちろんと、彼らは笑みを浮かべて見せた。忌々しいと、冗談っぽく楓が呟くと皆笑い始めた。自然と、自分も笑っていた。
たった数日ぶりなのに、何年も笑っていなかったような懐かしさにかられた。
「いいから、早く並べ」
痺れを切らした教師が四人に声をかけた。急いで全員スタート位置に付く。そして、その掛け声の下、揃って四人は台を蹴った。
頭から、綺麗に入水する。その瞬間、普段なら嫌気がさす世界は百八十度違って見えた。水の中ってこんなに気持ち良かったっけ、と頭の中で何度も復唱した。
自分が自分じゃないような気がした。自分の思い通りに水を割いている気がする。気付いた時には、壁が目の前に迫っていた。
壁にタッチして楓はターンした。ターンした後も同じで、そのクリアな背景に気を取られているうちに、もう終わろうとしていた。
入った時と同様に頭から、今度は空気中に出る。
「楓、四十三秒」
水の上の世界も、いつもとは違って見えた。昨日よりも、さっきよりも、その世界は色鮮やかに映っていた。
続きます