複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章開始 ( No.85 )
日時: 2011/12/26 14:15
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: QxOw9.Zd)

三章二話 因縁







「琥珀……だ……って?」

 友人と思わしき少年に無理やり抑制させられた男子は確かに『琥珀』と呼ばれていた。それだけか?————いや、違う————。さっきのあいつは確かに、成長しているが、面影が残っている。


————止めてよ! どうしてこんな事するのさ!?


 ドクンっと、自分の耳にも聞こえてくるほど大きく、心臓の鼓動が強くなる。ガヤガヤと騒がしい周囲の雑多なBGMは委細耳に入ってこず、楓一人が人ごみの中で静寂を感じる。背骨や脊椎のところに冷やされた水銀を流し込まれたかのように、冷気が身体の中心を這っていた。強い動悸は止まってくれようとせずにそのスピードを上げていく。それにつられるように呼吸も段々と荒くなる。
 大昔の記憶が、ゆっくりと口を開こうとしているようにも感じられた。それも、楽しい日々なら構わない。今開こうとしているのは、絶対に開いて欲しくない、パンドラの匣。

「何なんだよ……あの日から……ずっと……」

 アダム達の主催する鬼ごっこが始まったあの時から、ずっと楓は感じていた。今まで、普通の人と変わらない人生を歩むはずの歯車が入れ替えられたかのような、つまりは抗いようの無い運命に巻き込まれたことを誰かが告げているような、そういう自覚と言った感情を胸に植えられている。拒否権が無いと、誰かが語りかけてきているような気がする。それだけでなく、壁があるなら乗り越えろと言っているような気もする。
 でも……心の中で弱々しく反論の声を楓は上げた。彼にとって、この試合中に立ちはだかっているのは、決して屈強な壁などではなく、天と地が逆転しようとも決して埋まることの無い底なしの谷。努力で打ち破れず、根気強く橋を掛けるしか対策が無い。しかも、楓にとってその橋は作ろうともしていないものだった。遠く離れた過去の遺物なのだから、目をそむけても誰も文句を言わないだろう、そのように楽観視していた数年の間の自分に激を飛ばしたい。



————お前が目立ち過ぎてるんだよ! 何なんだよこの頭!



 顔から血の気がさあっと引いていく。顔だけではない、全身から引いていく。どこかから自分の血が流れ出しているんじゃないかと思うほどに体温が奪われていく。これ以上、昔の事は思い出したくは無い、彼はその首を大きく横に振った。
 そして彼は前髪を指で弄るようにして自分の視界に入るように調整した。その髪は普通の真っ黒な髪の毛だ。誰にも文句を言われることも無い、異端児ではない至って普通の髪。自分らしさから決別した証。

「俺は茶髪なんかじゃないんだ……良く見ろ……見ろ……見ろ……」

 視界いっぱいに自分の頭髪を収めながら、暗示をかけるとようやく強まった動悸は収まってきた。安心したかのようにゆっくりと、溜息を吐く。ようやく、心が落ち着いてきたかと思うと後ろから軽く肩を叩かれた。

「さっきからずっと立ち止まって、何してんの?」
「えっ、ああ、……っと……」
「さっきみたいなのは忘れておいた方が良いわよ。もちろん構わないに越したことはないし。絡まれたあの子は災難だけど」

 後ろから来たのは乙海だった。そして、さっき絡まれた日向の女子を指差して、言っている事とは裏腹に、同情するような声音で楓に気にするなと言った。どうやら乙海も遠くから見ていたようで、半分呆れたようにしてさっきまでいた琥珀を見ている。
 どうやら思っている以上に遠くの人にまで聞こえているようで、じっくりともう一度周りを確認しなおしてみるとひそひそと話しあっている人達が何人も見受けられた。

「競技場で動ける時間は限られてるんだから、早く言った方が良いわよ」
「お前にだけは言われたくないぞ……しょっちゅう時間の配分ミスってんのに」

 半分小言めいた事を言ってくる乙海に溜息を吐いて楓はぼそぼそと抵抗した。もちろん、聞こえないように口元でくぐもらせて。要らぬ怒りを買いに行くほど楓は短気でも、空気が読めない訳でもない。しかも乙海が述べているのは正論だ。
 できるだけ、胸の内で抱えている動揺を悟られないようにして楓は振り返った。じゃあ行ってくると軽い口調で残して、時間の無さに焦っているように駆けだした。

「何か変だな、今日の楓……」

 だがそんな彼の対応もほとんど意味をなしておらず、彼女一人に限らず、竹永やこの場に居合わせていない代介にも違和感を感じさせていた。しかしながら、楓の感じている何か強い感情が何なのか、どこから生まれているのか、そういうところは誰も知ることはできていない。彼が自分から話しださない限り、見守ることしかできない。
 乙海は楓の行った方向から少し目線をずらし、時計に目をやった。サッカーの競技場にも使われるこの施設には、大きな時計がある。時刻はすでに九時半ごろだ。最初の競技、女子の二百メートルの予選が始まるのは大体十時二十分。十時ごろまでしか使えないだろう。
 それじゃあ充分に体動かせないね、とため息を吐きながら鞄を置いている所に戻った。



 それで、使える時間が三十分も無いということなので、楓は非常に焦っていた。代介に至ってはもうすでに流し(※ウォーミングアップの一種。八割程度の力で走って調子を整える)を終わらせようとしている。無駄に到着の早い代介は競技場の外でジョギングなどは終わらせている。
 とりあえずは時間がもったいないからジャージを着ながら、靴だけを履き替える。手早く三十秒程度で履き替えた彼は急いで走り始めた。すると、またしてもあの男に遭遇することとなる。まあ今回においては完全に加害者だったが。

「琥珀、コース開けろ」
「悪いな翡翠」

 さっき琥珀を止めた翡翠が、いざ走ろうとしている目の前を彼は横切る。今度は自分が加害者に回っているからだろうか、ただ単に知り合いが相手だからだろうか、きっちりと謝った。

「さっきの妙な諍いで時間潰れたんだ。時間を惜しめよ」
「分かってるよ。悪かったな」
「あの日向の女子に対しては悪いなんて思っちゃないんだろ?」
「そりゃそうだ。ぶつかってきたのはどっちだっつう話だろ?」
「でも、さすがに言い過ぎだ」

 どうやら、百パーセント彼の方が悪い訳ではないようだ、ふとそんな甘い事を考えた。



                                             続きます