複雑・ファジー小説
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章三話完成 ( No.91 )
- 日時: 2012/01/05 17:05
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: gzQIXahG)
三章四話 Hell in a diary
最後に一体何があったのかはよく覚えていない。ただ、どうにかして逆転し琥珀よりも先にゴールラインを走り抜けた結果だけを覚えている。その後の出来事のトラウマがきっと忘れさせようとしているのだろう。その勝利の瞬間さえも記憶の中に残っていない。でもそれで良いと思っていた。もうそんな事を話す相手も虐められることもなくなったのだから。一々そんな過去の栄光に似たものを引きずる必要は無いのだ。
そうやってずっと、長い間忘れようとしてきた。早く忘却の彼方に追いやりたかった。氷室に再び会うまで、確かにその記憶は蓋を閉めて鍵をかけて、封印されていた。だが、鬼ごっこの途中で氷室と再会した時に施錠は解かれ、蓋はずれた。思い出したくもない嫌な思い出が奔流して、凍りついたように全ての皇后が取れなかった。反論しようと思っても説得しようと思っても口は動かなかった。そして今日、琥珀を見つけてから……心の傷は完全に開き、ずれていた蓋は完全に外れ切ってしまった。
楓は琥珀の事を覚えていて、すでに気づいている。向こうはどうだかは分からない。覚えているかもしれないし、そうでない可能性もある。少なくとも自分はまだ彼の視界に入っていないのだから、覚えていたとしても今ここにいることまでは知らないと思う。できれば楓は彼に自分の存在がばれる前にこの大会が終わって欲しいと思っていた。
もし彼が心変わりをして、昔とは全く違ったまともな人間になっていたとしよう。だとしても楓を形成する一番深いところに琥珀に対する恐れが染み付いているせいで、見ただけで拒絶反応が起きる。全身の汗腺から冷や汗が滝のように噴き出して、心臓の鼓動は速く、なおかつ自分に聞こえるほど強くなり、背筋に悪寒が走りガタガタと体が震える。思考は飛んで何も考えられなくなる上に、何もできなくなる。過呼吸が彼の理性をさらに奪っていく。蛇に睨まれた蛙よりもよっぽど情けないだろうと、自虐的に思えてくる。
それほど根本に居座っている存在なのだ。楓秀也にとって、白石琥珀とは。どのようなことがあったのか、それを聞いたらその辺りによくある虐めと何ら変わりないだろう。
でもいくつかが普通とは異なっていた。今の楓の頭髪は確かに黒い。何せ彼は自分の髪の毛を染めているから。本当の彼の髪の毛はそれこそ髪の毛を染めているように鮮やかな、茶髪。今まで特に触れられることの無かったそれが、虐めという雰囲気のせいで迫害に似た対象となった。抜かれることはなかったはずだが、強く引っ張られたり、「何だこれ?」と厭味ったらしく言ってきたり、酷い時には上半身裸にされて頭に墨汁をかけられた。衣服に黒い墨が付いて親たちにばれることを防ぐためだ。
そしてもう一つ異なっていたのが、この学年でブームになっていた罰ゲーム制度だ。楓が引っ越す直前の、虐めの中身にそれが追加された瞬間に『あの罰ゲーム』が起きた。本当にタイミングが悪かったのだ。
もう、その罰の内容は察することができるだろう。誰でもいいから「好きだ」と言ってこい、そういう内容だった。本当に好きな奴でもそうでなくても良い。できるだけ冗談と理解してそうな人間や、絶対に断ってくれるであろう人間、ないしはどのような結果が出てもバカにされない相手。その中で楓がその相手に選んだのは三つ目の、どのような結果が出てもバカにされない人間、つまりは誰しもが可愛いとか美しいとか思う女子にその告白を決行した。ついでに、きっと断られるだろうと思っていたので後腐れなく終わると思った。どうせ明日転校するからその前に自分の意志だけを伝えると言って、何か言葉が返ってくる前に逃げたら良いとも分かっていた。
そして翌日、楓はそれを実行したことを思い出す。今さらになって考えるとバカな事をしたなと思う。空港での再開の時に氷室は相当恨んでいた。女子だったらそれも当然かと思われる。いきなり告白されたかと思うとそれは嘘だった、想像するだけで怒りが沸き起こるだろう。女子に限らず男子でもこれは怒るだろう。でも、虐められていた自分に拒否権は無かった。ただ自分可愛さに氷室を対象としてそれを行った。
確か、その時楓は本当に告白ではないというのに、ひどく緊張していた。喉がからからで夏でもないのに熱くて意識が朦朧としそうになった。心臓が暴れ狂ってはち切れそうで、ただただプレッシャーに呑まれて緊張していた。都合のいいことに、教室には氷室一人でいた。
そこから先はあまりにも緊張していてどのよいうな事を口走ったのかは覚えていない。ただ勢いで告白まがいの事をした。そしてそれを怒鳴るように告げた後にようやく我に帰った。先ほどまでの緊張感と焦りと暑さが嘘のようで、もう落ちつき払って、なおかつとても涼しくなった。そしてそれを言われた等の本人はと言うと、自分の方を「こいつ何言ってるんだ?」と、少なくとも事態を上手く呑みこめていない表情だった。
確か驚き呆れたその表情を見た時だったと思う。彼の心の中に、一かけらの罪悪感が芽生えた。真っ黒な感情が心の中を少しずつ蝕んでいった。急に自分のした事が怖くなった。人としてしてはいけない事をしてしまい、誰も何を言っている訳でもないのに非難の声が聞こえてくる。急に辺りが何も見えなくなった気がした。
怖くなった楓は氷室が自我の意思を取り戻す前に乱暴に扉を開けて走りだした。小学生の力だから壊れそうにはならなかったが、それでも廊下の端まで届きそうなほど大きな音がした。隣の教室で控えていた琥珀を初めとする虐めのグループが大声で自分に呼び掛けているのさえ、ただのBGMにしか聞こえなかった。そいつらの嗤い声がより一層幼い楓の責任感を駆り立てた。
そして、謝ることも間違いを正すこともできずに、彼は転校した。都道府県は変わらなかったが、県内の端から端まで移動した。
ただ一言、当時の三人の者に言いたいことがある。
まず最初は氷室だ。幼稚な事をしてすまなかったと、許されなくてもいいから謝りたい。よくよく考えると今の氷室にもまだ謝れていない。その次に琥珀になぜあんな虐めなんてしたのかを問いただしたい。謝られなくて良い。何が気に食わなかったのか教えて欲しい。
そして最後に過去の自分に言いたい。なぜ言われるままにそんな事をしたのかと、咎めたい。今になって恥ずかしくなる。あんなバカな事をした自分自身がとても————。
続きます
