複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章四話完成 ( No.94 )
日時: 2012/01/08 16:50
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Jagfnb7H)

三章五話 1500メートル走







 そんなこんなでまたしても琥珀と遭遇してしまった楓は全くと言って良いほどに体を動かせなかった。確かに動かしたには動かしたのだが、全く身が入っておらず、意識の無いものになっており、全然アップの意味をなしていなかった。
 朦朧とした、と言っては少々意味合いがずれるが、何だか何に対する集中力が無くなっていた。何でこんなに嫌な事ばかりが次から次へと、自分を嫌うかのように襲ってくるのか、考えれば考えるほどとても理不尽な気がして、嫌気がさしてくる。神様に嫌われてしまっているようだ。
 ああ、そうかよくよく考えたら嫌われて当然だ。楓は思い返した。この世界の神々というのは、自分が散々喧嘩を売って、売られて、コテンパンに叩きのめしてきたあの『アダムの使者』の連中なのだから。やはり神様というのは碌でもない連中の吹き溜まりのようなものなのかと嘆息する。神様は公平だと宗教団体は喚くが、絶対にそれは真実からはほど遠い。世の中には貧富があるし、戦争なんて立っている位置一つで生死が決まっている。どこが公平だと言うんだ。
 考えながら階段を上っていると、ちらりと一人の女子が目に入った。日向高校の、メガネをかけた女子。絶対に会ったことは無いが、どこかで見た気がするなぁとか考えている間に思い出した。さっき琥珀に絡まれていた女子だ。
 それにしても、あのセリフは強烈だったなと思い返す。日向に在籍すること自体が自分の立ち位置を下げていると。そこにはあまり反論できないというのが、大半の県民の反応だろう。
 日向高校、県内屈指の不良達の集まる偏差値四十も無い高校。不良の道に足を踏み入れている者やその覚悟がある者以外は絶対に入学しようとしない。それほどにヤバい学校だという訳だ。とすると清楚に見えなくもないさっきの女子もそういう道に踏み込んでいると察せられる。見た目からはあまり想像できないが、あそこにいるということは八割がたその道に踏み込んでいることを暗示している。
 その辺りはどうでも良いと思ったので、楓はその女子をスルーした。そんな関係の無いところに意識を向けている暇はない。試合も近づいているが、何よりも琥珀にばれないようにしたい。切実に種目が被っていないことを願う。とりあえず今日は千五百メートル走。今大会で楓が最も自信の無い種目。
 帰ってきた楓にストレッチをしながらパック入りのエネルギー補給のゼリーを飲みながら代介は眠たげにお帰りと言ってくれた。返さないと余計な心配をさせるかもしれないのでただいまとだけ言って、座席に座った。さっきまで見ていたのであろう、代介のすぐ脇にはスタートリスト兼プログラム表が置いてあった。

「ちょっと借りるぞ」

 確認を取ってからその小冊子を取り上げる。パラパラとページをめくって一年の千五百メートルのページを開く。自分は確か五組目ぐらいだったはずだ。一組から順に五組まで見渡す。自分は記憶通り五組にいて、レーン番号は七番だった。とりあえずその組のメンバーを位置から順に確かめていく。いないでくれと願う反面いるのではないかという予測も生まれていた。理由は簡単だ。ここまで不幸が続いていきなり途切れるなんてことは無いだろう。
 だが、その予想は外れてくれた。白石琥珀との名はその同じ組に載っていなかった。一組から全て見渡してみたがそれらしい人物すらいなかった。妙なモヤモヤ感が残ったが、そう悪くないと思って閉じる前に、二つの名前を発見した。
 『柊 群青(ひいらぎ ぐんじょう)』と『宮川 翡翠(みやかわ ひすい)』の名前。おそらく翡翠というのは、あの口論を途中で止めさせたあの生徒だろう。そしてもう一人の群青だが、この男子は確か自分の記憶に残っている過去の同級生。マラソンの大会で共に琥珀を追い上げたもう一人の男。
 やっぱり因果とは斬ろうとしても斬れないもので、拒絶しようとも硬く結ばれた鎖のようなものらしい。応援のために琥珀は翡翠に付き添ってくる可能性がある。それに群青までも同じ学校だ。この総体という大きな大会は一つの種目に二人までしか出場できない。

「ハア……出てないんじゃなくて人数の問題かよ」

 結局嫌な事尽くめの中に良いことがいきなり混じりこんでくるなんてことはなく、またしても溜息を吐いた。

「おい楓、前に俺が言ったこと覚えてっか?」
「何だよ。お前になんか言われたか?」
「水泳の時の話だ。あん時も今みたいに緊張しやがって」

 ああ、とふと思いかえしたような相槌を打って楓は何も無い斜め上を見上げた。どうやらアダムの使者は後処理の能力に優れているのか、向こうの代介の記憶をこっちの代介に送ることができるらしい。

「いっそ楽しんだ方が良い結果が出るってあれか?」
「そうだよ、前よりも死んだ顔つきしやがって」

 仕方ないだろと、喉から出かかった言葉を無理やり呑みこんだ。無駄な心配はかけたくないんだろうと、無理やり叫びを求めて軋みを上げる自分の意思を抑えつける。



 自分の真っ暗な過去に絶対に他人は巻き込みたくないんだ。



 そのためならばどんな苦痛にも耐え抜いて見せよう。当時の自分だって親にずっと虐めの事を隠し通していたじゃないか。成長した今になって、その虐めの、掠れて消えそうな残像に捕われる必要なんて一切無いんだ。

「言いたいことあったら言えよ」
「えっ……」

 その心の中を読み取られたように感じて、楓の声は裏返った。どこかで助けを求めてることがばれたのかと思った。

「言い過ぎだとか、冗談にならないとかさ。結構俺って口調とかキツイしな。イラつく前に注意してくれ」
「ああ、そういうことか」

 どうやら想像していたのと違う意味合いだったようだ。ホッとするのと同時に落胆してしまった。でも、またしても楓の声は裏返ることになる。

「真意も受け取ってくれよ」

 言い残して、代介は歩いていった。残された楓は何も言えず、体も動かなかった。どうしていいのか分からない。泣きたいけど、泣きたくない。立ち向かいたいけど立ち向かえない。周りを不安にさせたくなくてもさせえてしまう。
 別に琥珀のせいなんかじゃない。自分の無力さが全ての元凶なのだ。あんな事に負けて髪も一般人らしく黒くしたのも、弱さの証。過去との決別とか綺麗事行っても、逃走の証拠に変わりない。
 しわがれた老人の声が聞こえた。“せいぜい楽しむが良い。現実という名の、最も邪悪なゲームを”と。




                                               続きます