複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章五話完成 ( No.95 )
日時: 2012/01/14 20:54
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 0.f4Pw3t)

三章六話 最悪






 結局試合の直前になった今でも楓は全然集中しきれていなかった。茫然と、ただ機械的に普段しているように試合前の準備をする。コールをしたり、スパイクを準備したり。ただし、普段とは確実に異なっている点が一つあった。俯いているのだ、ずっと。明らかに意気も精気も無くて見ているだけでこっちまで疲れてくるような。いつもならば誰かが凹んでいたら励ますのだが、それをするのさえも億劫になるほどに楓は沈んでいた。
 誰から見てもその気持ちの沈み方は明確で、何とかしてやりたいと思うのだが何をすれば良いのか分からない、そう言った矛盾がぐるぐると頭の中で巡っていた。特にそれが顕著に表れていたのは竹永と乙海で、対照的に代介はと言うと、気にもしていないようにして黙々と自分の用意をしていた。
 途端に楓の鞄から携帯のバイブ音が聞こえてきた。三回程度で収まったことからきっとメールだろうと気付いた。かろうじてそれには気付いたようで、ゆっくりとした動きでその携帯を開いた。

『オイコラ楓、どうやら今日は試合らしいじゃねえか。まあ、頑張って来いよ』

 デコメが二、三個貼りつけられた激励の簡素なメールが送られてきた。送り主のところには“神田桐哉”と名前が表示されていた。

「神田さん……」

 何だかこの人はある意味凄いと楓は思っていた。たまにだが、この人は楓が悩んだり塞ぎこんでいる時に無意識のうちに支えてくれていることがある。本人にとっては全くの無意識らしいのだが、不器用で本心が伝わりにくいこの人は分かっていてしてくれている時もあるのではないかと思ってしまう。
 だが、今日に限っては必ず偶然だと楓は納得した。だって神田さんには過去の事を一切言っていないのだからと、楓は少し明るさを取り戻した。その様子を見守っていた竹永も、ここでようやく安心し、放っておいても大丈夫だと落ちついた。
 バイブ音がもう一件、今度は赤弥空だった。今日はよくメールが来るなとか考えながら。

『リンから聞いたぞ! 精神的に死にかけてるんだって! まあ、元気出してけよ』

 リンっていうのは、乙海の事なんだっろうなと、チラッとその方向を見た。一瞬視線の合った彼女は知らぬ存ぜぬという風な顔で違う方向を向いた。
 なんだよ、結局皆にバレバレじゃないか……楓は心の中で溜息を吐いた。本当に無力な自分がどうしようもなく惨めで仕方がない。もう一度携帯が鳴る。今度は奇妙な話で、二件とも自分の知らないアドレスだった。

『神田先輩から聞いたよ。凛からも事情は聞いたし。あっ、アドレス登録しといて。       青宮葉月』

 青宮までかよと、楓はやれやれと首を振った。何だよこのメールの送り主の女子の多さ。俺に男子の友達がいない、って言うか女たらしみたいじゃねえか。別に恋愛なんて興味の無い楓は冗談交じりに苦笑した。もう一通のメールもついでに開く。

『試合……ねえ……。せいぜい頑張りなさいよ。竹永さんに頼まれたから、それだけ』

「誰だよ、こいつ」

 竹永の知り合いなおかつ自分の知り合いって、陸上部以外にいたかどうか彼は考えだした。考えても一向に思い浮かばない。ふと肩を叩かれる。代介が行くぞと手で示した。手元の腕時計を見ると、かなりの時間だ。最後に謎のメールを送った人間のアドレスを目にしてからそこを抜けだした。
 そのメールアドレスには、『non-met.mother』と出ていた。一瞬の思考の後に一人の候補が出てきたが、すぐにその考えは否定した。あの者が楓に激励をするなんて……一度あったが、あの時とは場合が違う。こんな事で送ってくるとは思えない。
 口調はいかにもそれっぽいけどと、微笑する。すっかり気分の落ちついた楓は軽快にスパイクを拾い上げて代介に続くように駆けだした。





                               ◆◇◆




「これで、良かったのかしら?」

 真っ黒で薄型の無機質な携帯電話をパタンと閉じて、軽く息を吐き出しながら彼女は呟いた。先日彼女は一人の女性と連絡先を交換した。理由は教えてと言われた時に断る理由が無かったから、そして個人的にその人のアドレスが知りたかったからだ。
 だがこのような頼みが来るとは思ってもみなかった。嫌かもしれないけどと最初に前置きがあって、塞ぎこむ楓秀也を元気付けてくれという内容。そんな事よく自分に頼もうと思ったなと彼女は思ったが承諾した。軽い贖罪の一つのために、多少毒気は混じっているが応援のメールは送った。

「あっ、自分の名前入れてなかったけど……まあ良いでしょ。ここで補足したらいかにも登録してくださいみたいな感じで癪に障るし」

 氷室冷河は、部屋の中で一人淡々とそう言ってカーテンを閉めた。今日から部活なのだから着替えないと。一週間ほど前に受け取った体操服を箪笥から引き出した。




                                               続きます


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久々に登場するキャラがいっぱいいましたね。
ていうか楓すごいね、メールくれたの神田さん以外は皆女子だ。
では、次回に続きます。