複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章六話完成 ( No.96 )
日時: 2012/01/18 21:44
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: CR1FbmJC)

三章七話 発見





 終わった今となっては仕方の無い事だが、その日の千五百メートルは元々得意な種目ではなかった上に、あんな精神的にも身体的にも不安定な状態だったので、あまり結果はよろしくなかった。はっきりと断言すると悪いだろう。
 ゼエゼエと、自分自身が切らす息を耳に収めながら楓はその場に座り込んだ。一日目、その日の自分の出る種目はこれにて終わった。それにしても不味かったなと、楓は下を向いて溜息を吐いた。終わったのはつい五秒程度前。まだ全然体力は回復していない、よってゴムのグラウンドの上に座り込むしかない。
 遡るのは七分程度の時間の話、自分たちの前のレースが終わり、予選の第二組に突入しようとした時だ、群青と翡翠は楓のすぐ近くでストレッチだの靴の履き替えなど、すぐそこに迫る試合に対して敬意を払うかのように準備していた。だが、その隣にいたさっきの楓は戦々恐々としていた。見る限り仲の良い友達だ、いつ琥珀がここに来るとも限らない。
 昂ぶる半面冷やかになっていく楓の心情を置いておいて、刻一刻と時間はただただ過ぎて行く。体の震えも強くなってくる。その原因は果たして緊張だろうか、恐怖だろうか。

「翡翠、群青」

 名前を呼ばれた二人は真後ろを振りかえった。友達に話しかけられた時のように、軽いノリであっさりと。ついに来たかと楓はその場を立ちあがった。それには目もくれず三人は会話を続ける。

「もう始まるのか、頑張って来いよ」
「分かってるさ。それより何だよ、そのスタートリスト。一々持って来なくても良かったろ?」
「ああ、面白いもの見つかったんでな、報告に来たんだよ」

 面白い物? そう訊き返して群青は琥珀の手元にあるスタートリストに目をやった。何事だろうかと思った翡翠も覗き込んだが、多分お前は知らないと思うときっぱりと琥珀に言い捨てられる。
 それならば仕方ないかと下がった翡翠を気にせずにもう二人は話の続きを始めた。

「これにな、懐かしい名前が載ってたんだよ。同一人物だったら面白いんだと思ったんだ」
「ハア? 懐かしい名前?」
「そうだよ……」

 そうだよという言葉の語尾がかすれるように濁ったのに楓は違和感を感じた。多少恐怖を過大評価している部分もあるのだろうが、それでもこれとはギャップが有り過ぎた。

「……! こいつって……嘘だろ!?」
「まさかと思って見渡したけどここにはそれらしい奴はいないからな。同姓同名なのかと思ったけど……」
「だけど、あいつの引っ越したのってやっぱり闇戯町だろ? やっぱり同一人物……」
「周りを見てみろよ、ち……つなんて全然見つからないだろうが」

 何が見つからないと言ったのかは楓には聞えなかったが、下手にばれたら困ると思ったので彼はその場をすぐに立ち上がった。その連中を置き去りにするかのようにさっさと歩いていく。
 だが、確かにその耳にもはっきりと聞こえてきた。今から試合が始まるから選手はこっちに来いと指示されて皆が動き出した時の話だ。すれ違いざまに群青の口から自分の名前が出てきたのを。
 都合良くその時、呆然とする楓を我に返すような強くまっすぐで、涼しげな風が吹いた。ざあっとそこいらの芝をなでて、地に落ちたまだ緑色をしている木の葉を舞い上げて、前髪を揺らすように。心地よい風になびく髪は、ほんの一瞬とても美しいブラウンに見えた。
 またかよと、嫌そうに小声で呟いて楓は舌打ちした。意味の分からない幻覚に今日だけで何度驚かされたことか。でも文句を言う暇も気持ちを整える時間も今は無い。ただ、使命感に駆られて白線の前に並んだ。緊張はもう無かった。ぶつける場所の無い苛立ちが、心の中を覆い尽くしている。
 なんだかやる気とかモチベーションとか、そういうものが一切合財持って行かれた楓はもう、目の前のレースに無気力になっていた。面倒だとも思い始めていた。でもそんな事を言ったり行動に移したりは嫌だ。それの方がより望まない方向に働きだす。
 ここでようやく使命感の理由が分かった。自分が一番したいのは周りの人に迷惑をかけないこと、それならば何事も無かったかのように平然と走りきらないといけないのだ。エントリーしたから、もう始まるから。それは理由として成立していない。
 だから、ただとりあえず走った。見掛け上だけの話だ。やらなきゃいけないとは分かっているのだが、さっきの群青の一言で発覚した事実に怯えてばかりいる。もうすでに自分がいることは琥珀の既知のところだ。
 それだけを考えてただ足を動かしていると、いつの間にか疲れていた。もう残り一周になっていると知らすための鐘が短く響いたのを聞いて大体冷静さを取り戻したが、もう遅かった。最後の一周だけを精魂込めたところで結果なんてそうそう変わらない。

「くそっ……幸先悪いなあ……」

 額から流れ落ちる汗、その中にごくごく微量の涙が混じっていたことは、まだ本人は熟知していなかった。
 そしてこの瞬間に楓は完全に琥珀に、とりあえず名前が楓秀也だと知られていた。琥珀の思う楓秀也かどうか、それは分からないがとりあえずといったところだが。
 翌日、彼ら二人は本当の意味で再会する。




                                               続きます


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最近結構微妙な回が続いてますね……
楓秀也編もそろそろ折り返し地点です。果たして琥珀と楓ってどうなるんでしょうね……
いや、自分の中ではどうなるか分かってますよ。
では、次回に続きます。