複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章六話完成 ( No.97 )
日時: 2012/01/24 21:09
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: mjEndXDA)

三章八話 再対峙





「うっし! 今日も気合い入れてくか!」

 前日同様に試合会場に集合時間よりも十分程前に到着した代介はすでに来ている他のメンバーと共に気合いを入れなおした。左手をパー、右手をグーにして、叩きつける。
 隣にいるのは今日マイル(4×400メートルリレー)を走る楓以外の三人の面々。一人目は参田先輩、二年生の男子で一走を走る。はっきり言って四百メートルはこの、楓達の高校の中では最も速い。二人目は黒山、一年でありながらも五十秒台という中々に速い期待のホープ。三人目が緋杏(ひあん)先輩。二年生で、大体タイムは黒山と同じくらい。この三人でかなりいい線まで持って行って、最後は大概本来出る予定の短距離の柊(ひいらぎ)先輩が抜かれないように請け負うのだが……一身上の都合で今回は休んでいる。
 だから楓が代わりにアンカーとして走ることになっているのだ。緊張感はかなりのものだろうなと思いながら当の本人の到着を待つ。昨日通りだったら行っている間に来るだろうと思っていたら案の定彼はすぐに現れた。
 その姿を見て楓は手を上げて話しかけようとしたのだが、それはできなかった。想像を絶するほど、彼の顔は未だに暗いままだったのだ。一体何があったのだと問いただしたくもあったし、落ちつかせてやりたいとも思ったが、そうすることは不可能だった。
 話しかけないでくれと直接彼がその口から発した訳ではないのだがそういう雰囲気は無意識のうちに彼から放たれていた。今はどんな人にどんなに優しく触られても割れて砕け散ってしまいそうなほど軟いシャボン玉みたいな状態だったのだから。
 おはよう、ただそれだけが楓の口から洩れる。最初代介を初めとする面々はその挨拶が耳に入っていなかった。一拍どころか二拍や三拍遅れてようやく言葉を返すことが出来た。

「よう、楓……なあ、その…………大丈夫、か?」
「えっ、ああ。大丈夫に決まってんじゃねえか」

 大丈夫かと訊かれた楓はパッと明るい笑顔を作って代介に見せてみせた。大丈夫じゃないだろうと、悔しそうに代介は歯ぎしりをする。何かあったら言えって言ったろうがと、忌々しげに楓を睨みつける。
 瞬間視線を外した楓はそこには気づいていなかった。それにしても昨日、一体何があったのだろうかと思いなおす。昨日帰ろうとしている時はこんなにも酷くなんてなかった。

「何で……あいつまでも、俺の事心配してるんだよ……くそっ!」

 明らかにあいつというのは、代介の事を指している訳では無かった。昨日会った事を思い出しながら楓は一人俯いた。




 昨日の帰り道、やはり塞ぎこんでいる楓が高校の目の前を通った時に何人かのサッカー部の友達に会った。中学が一緒の、近所に住んでる奴とか、先輩の友達の人とか、何人かと出会った。
 できるだけ彼らには動揺を見せないように努めた。笑顔を作って、明るい声で会話した。こぼれ落ちそうな涙を瞳の奥に残したまま。
 するとふと、校門の中から出てくる二人の人間と目が合った。片方にはおもいっきり見覚えがあり、もう一方はそういえば青宮のクラスにいた男子だな、という程度の奴だった。男子は隣で歩いている女子と楽しく談笑しているが、相手の女子は慣れない相手に社交辞令的に会話しているだけに見えた。
 てめえ俺の時とはえらく違った態度だなと、数日前の共に行動していた時間なら文句の一つでもつけてやるところだが、今はそいつにだけは話しかけられたくないと思った楓は早足で通り過ぎようとした。だが、その場で足を止めざるを得なくなる。

「ん? そこにいるのは楓か。オイコラ、今日の結果はどうだったんだ」
「あっ、神田さん……」

 学校での部活を終えた神田が楓の所に来る。それだけの事なのにホッとしたのはつかの間、すぐに顔面蒼白になりかける出来事が起きる。

「……あんたこんな所で何してんの?」
「っつ……! 氷……室…………!」

 まさか神田に止められている間に一々声をかけてくるとは思っていなかった楓は咄嗟に身構えた。ようやく琥珀から遠のいたので収まってきた冷や汗がぶり返してくる。

「何身構えてんのよ。で、試合は?」
「ハア!?……何でお前がそんなの知って……」
「五月蠅いわね。どうでもいいことでしょう?」
「そうかもしれないけどさあっ!」
「何だ楓知り合いか?」
「氷室さんこいつ誰?」

 氷室に声を掛けられて完全に蛇に睨まれた蛙状態になった楓はただ言われたことだけにリアクションを取ることしか出来なかった。受け身の態勢を取り続けている楓に容赦なく氷室は言葉を浴びせる。
 そろそろ蚊帳の外に出されたことに気付いた二人はそこに乱入する。神田は氷室に、良く分からないサッカー部員は氷室に。今折角話せていたのにというのが丸分かりなほどに、サッカー部員はあからさまに嫌そうな顔をしている。

「こいつは、うちのクラスの転校生ですよ」
「こいつ……この人は楓秀也、うちのクラスの学級委員よ」

 こいつってもう言ってるじゃないかと、楓は呆れかえって頭を押さえて苦笑する。やっぱり自分なんてそんなもんだろうと。

「何だ、そんだけの話か。にしても青宮と気が合いそうな雰囲気だな」
「なーんだ、それだけか。何だか昔からの仲みたいでびっくりしたよ」

 その通りだよと、楓は塞ぎこんだ。今日でなかったら力強く言いきって見せるのに、今日に限ってはそんな事は言えない。

「今日は、最低人間とかどうとかは、言わないんだな」

 ぼそぼそと掠れた声で微かに言っただけのそれを氷室の耳は全て聞きとった。そう、彼は忘れていた、氷室の耳の良さを。

「あなたがそれを引きずってどうするの? もうそれについては私は納得したつもりよ」
「そう……なんだ。なら良かった」
「何が言いたいのよ」

 完全に、もう一度二人を蚊帳の外に追い出して二人は会話を続ける。どうせならもう本人に訊いて確かめたいとも思っていたからだ。

「今日、琥珀を見た。白石琥珀だ。覚えてるか?」

 ざあっとその空間を一筋の涼風が吹き抜けた。ようやく氷室の顔にも変化が訪れた。



                                                 続きます