複雑・ファジー小説
- Re: 俎上の国独立に移る ( No.1 )
- 日時: 2011/08/22 13:21
- 名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: Lo6Tr77W)
序ってる文章
黒い雨が降る戦場に、一人の男が立っていた。
彼はベトベトとまとわりつく髪をかき上げながら、辺りを見渡した。生きている者は彼以外誰一人としていない。一人この戦場に取り残されたような気がして、男はなんとも言えない虚無感に襲われた。手に持っている自動銃の赤いランプは虚しく弾薬切れを告げるのみである。
男は無表情に敵味方の死体の間を歩きだした。
黒い雨はやむ気配もなく、むしろ一層激しく降りだしている。
オーカーは粗末な机に肘を突き、ところどころノイズの走るラジオに耳を傾けていた。
「——えー、ということで、東の戦は我がバントシェナー王国の勝利です。残るは西の戦と南の戦で、この両方の戦に勝利を収めれば、晴れて我が国は独立を果たすのです」
そうアナウンサーが告げたところで本格的に電波が入らなくなり、あとはノイズの大合唱で埋め尽くされた。オーカーはラジオを切り、立ち上がった。
「あれ、オーカー、もう行くのかい?」食堂の女将は厨房からオーカーに話しかけた。「ああ、もうそろそろ行かなきゃブルシアに怒られちまうよ」とオーカーは苦笑まじりに答え、ジャラ銭を机に置いた。
外に出るとまだ雨は降っていた。オーカーは恨めしそうに空を見上げつつ、傘をさした。
真っ黒な雲にところどころ白い隙間が現れ、そこだけ黒い水に一滴の溶かした白い絵の具をたらした様な、幻想的な情緒を見え隠れさせていた。
オーカーは金色に光る腕時計に目をやる。「やべぇな、こりゃ本気で怒られるぞ」呟いた先の時計はすでに七つと十八をさしており、約束の時間まであと長針十二傾しかない。
オーカーは傘を持ち直し、小走りで城へと向かった。
城では宴をやるらしい。
最前線で戦ったということもあるのだが、それ以前にオーカーはブルシアという昔馴染みで、なぜそれで呼ばれるのかというとブルシアはこの王国の次期国王だからである。
庶民で宴に参加できるのは極少数で、オーカーもその庶民の中の一人だった。
そもそも昔から戦というのは城の兵士と貴族の仕事であり、庶民は畑や牛を守るのが仕事だから、それもこの国では当たり前なのだ。
オーカーは平凡な農家に生まれた。毎日牛と戯れたり畑で手伝いをしたりと、それなりに楽しい生活を送っている。
ある日川まで牛を連れて行くと、一人の少年が川辺にうずくまっていた。それが、ブルシアだった。
ブルシアは王族の着る服をどろどろに汚して泣いていたのだった。川に王家の証を落としてしまったという。それを川に潜って探して以来、二人は仲良くなったのだ。
あの時は城まで送っていったら兵士に槍を突きつけられてヒヤヒヤしたが——と、オーカーは回想に浸る。ブルシアがすぐに誤解を解いてくれたおかげでオーカーは地下牢に閉じ込められ下水道のカビ取りの仕事をやらされずに済んだ。
ブルシアが「城までの道がわかんないんです……」などと言わなければそんな危機も訪れずに済んだのだが、と考えられる脳はオーカーにはない。
ブルシアにいたく気に入られ、城の中に入れられ、王に会わせられ——ブルシアに腕相撲で勝ったのがきっかけで、戦にいつか参加させられるのが決定した。昔からこの小さな王国は独立戦争を企てていたのだ。
オーカーは深くため息をついた。城下町は雨の中でも活気付いていて、そこらじゅうで果物の叩き売りや編み物の直売が行われている。
すこし肌寒い季節なのに、よく元気にやっていられるよな、とオーカーは半ば呆れつつ、足を速めた。
ふとオーカーが目を横にやると、路地裏に小さく人が見えた。一人だけでなく、三人ほどいる。いずれもみすぼらしい格好をして、生気の抜けたようにだらんと手足を伸ばしている様は、操り手のいないマリオネットのそれでもあった。
心をちくりと痛めながらも、オーカーは彼らからむりやり視線を引き剥がした。彼らはいつか悪徳商業者に連れて行かれ、奴隷か、それとも——慰みに使われることになるのだろうか。
それはこのちっぽけな国の、治安維持という視点に立った上での、問題点であった。
城に着くと、人で埋め尽くされていた。
オーカーがどうやってブルシアを見つけるかを考えていると、
「オーカーさんでいらっしゃいますね?」警備と案内の者が丁寧に言った。「違いましたか?」
「ああ、はい、そうです」慌ててオーカーは答えた。
警備兼案内役は優雅にうなずいて、優雅に微笑んだ。
「ブルシア王子がお会いになりたいとのことですが、王子は諸用事のため遅れて参加します。王子が到着し次第、お知らせ申し上げます」
オーカーはコクコクとうなずく。警備兼案内役は小さな紙切れをオーカーに渡した。「誰もいないところで読むように、とのことでございます」無言で受け取るのをにこやかに見た後、
「お飲み物、お料理、その他お楽しみはあちらの大ホールにて用意しております。何か不都合があればいつでもおっしゃってください」
「ありがとうございます」
拙く答えるのがやっとだった。「……相変わらず、丁寧なのは慣れないな」と、警備兼案内役に聞こえないところで小さく呟いたのだが、ふとそっちを見てみると、警備兼案内役は意味ありげな目で微笑みながらこっちを見つめていた。
オーカーは目をそらし、誰もいないところを探すために歩き出した。
