複雑・ファジー小説

Re: 俎上の国独立に移る ( No.2 )
日時: 2011/08/22 13:18
名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: Lo6Tr77W)

1-1 心の底から自分は庶民だなと思った。


 城の中は広く、国土面積の三分の一占めてんじゃないのか、と庶民なら誰もが思うほどである。
 しかし貴族や兵たちは我が物顔で闊歩しており、階級の違いをオーカーにまざまざと見せ付けていた。
 ただでさえ地味なスーツを着ているのに、とオーカーは心の中でぶちぶちと呟く。周りの人間は皆おしゃれなスーツや、官能的なラインを見せ付けるかのように密着した、露出度の高いドレスをきれいに着こなしている。
 ふと見ると貴族の女性が二人でこっちを見ていた。こそこそと話し、うふふと上品に笑っている。
「……ふん、庶民で悪かったな。庶民で」
 オーカーは負け惜しみを小さく呟いた。二人の視線から逃げるように早足になり、思わず中庭へと出た。

 雨は上がっていた。気付かぬ間にとっぷりと暮れ果てた夜空は、星を灯してきらきらと光る。もうこの国では少なくなってしまった、美しい景色の一つだ。
 オーカーがまだ小さい頃は国のそこらじゅうに美しく咲き乱れる花畑があり、川では常に魚が生き生きとして、朝には鳥が歌を歌う、そんな美しい日常があったのだ。だが、開発工事で花畑はつぶされ、川にはいつしか魚が見られぬようになり、鳥は食用や飼育用に捕獲され、数が激減した。
 だからか、この国は魚の値段がとてつもなく高い。卸売り業者が足元を見て、高値で魚屋に売りつけるからだ。
 この国が開発を急ぎすぎたのは周知の事実だ。現国王は革新主義である。それに振り回されるのは金のない庶民や浮浪者なのだが。

 オーカーは花壇の近くに横たわる丸太のベンチに腰掛けた。渡された紙切れには走り書きでこんなことが書いてあった。
『多分お前中庭にいるだろうからそこで待っていてくれるとありがたい。短針八傾あたりにくるから待っていてくれ』
「自分勝手な野郎だ」オーカーは呟いた。「自分で七つと三十って言っただろうが」そう言いつつも、悪い気はしない。
 ——中庭にいるだろうから、それだけでブルシアがどれほどよく自分のことをわかっているのか示してある。長い時間を共に過ごした証だった。
「バッカみてぇ」と、負け惜しみっぽく言った。自分はブルシアの居場所なんてこれっぽっちも予想できないのに、すぐに居場所を当てられる。ブルシアは予想なんてできるようなところには滅多にいないし、自分は畑とか、牧場とか、わかりやすさを極めたようなところにいつもいるのだ。
 なんだか住んでいる世界の違いを見せ付けられているようで腹が立つ。博識、容姿端麗、礼儀正しく、力も強い。子どものころ腕相撲に勝ったのは事実だが、今やってみたら確実に負けるだろう。訓練を毎日しているって言っていたから。
 嫉妬する自分をあざ笑うかのように、星は弧を描いて流れていった。


「オーカー様でいらっしゃいますか?」
 甘い女の声が庭に響いた。振り向くと、さっき自分を見ながらヒソヒソと話していた貴族の片割れだった。
「始めまして。私、オペラと申しますの」
 上品に自己紹介する女はまだ十代後半の顔をしていたが、体つきは大人の女性のそれである。美しい曲線をふんわりと包むピンクのドレスは、悔しいが彼女にものすごく似合っていた。
 オーカーは軽く会釈したのみだった。差し出された手を握ることもなく、そっぽを向く。芝居がかった女は嫌いだ。
 オペラはうふ、と微笑み、オーカーの隣に腰掛けた。「星がきれいですわね」と言いながら、体を寄せてくる。
「……やめて頂けませんか」
「照れることもないですわ。こういうのは紳士淑女の嗜み……そうでしょう? 殿方」
 なぜこの女がこんなにも迫ってくるような言動をしているのかわからない。オーカーは絡んでくる腕を振り解いた。「自分にはそんな趣味はありません」
 自分の言葉は丁寧語だが、庶民の拙さが丸出しだった。オペラの円を描くようになめらかな言葉は、オーカーの神経を逆撫でする。
「私、オーカー様の話が聞きたいですわ。最前線での戦いはいかがなものでして?」
 ——お前みたいなお嬢様なんかが理解できるようなもんじゃない!!
 そう、オーカーは心の中で叫んだのだが、声にするわけにもいかず、何気なく腕時計を見た。七つと五十三。ブルシアがくるまでにはあと長針七傾も待っていなければならないのだ。
 げんなりした。耳元では甘いささやきが繰り返され、手元では華奢な指が絡んでくる。貴族はいつもこんなことをしているのだろうか。上品の薄皮をかぶった変態どもめ。自分は世界がひっくり返ろうと貴族にはなれない、と思った。