複雑・ファジー小説

Re: 俎上の国独立に移る ( No.3 )
日時: 2011/08/23 13:18
名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: Lo6Tr77W)

1-2 これが現実

 適当に変態をあしらいながら、オーカーは心の中でブルシアのことを必死に呼んだ。しかし一向に現れる気配がなく、ぞわぞわと腕から首へ全力疾走する寒気は増す一方だった。
 ——くそっ、あの野郎、遅れてきたことを土下座して謝らせてやる……!!
 オーカーは一度歯軋りした後、体をオペラに向けた。にっこりと笑って、手を握り返す。
「お嬢さん、自分はここで人を待っております。その人に見つかると後で面倒なので、ここは一端引いて頂けませんか?」
 スマイルに気を良くしたのか、焦らすようにきれいな唇に指先を当て、わざとらしく「うーん」と言った。その演じているの丸出しの仕草が可愛くない。
「わかりましたわ。また後でお会いになってくださる?」
「ええ、いつでもお呼びください」オーカーは顔中にさわやかなパウダーを吹きかけたような笑顔で答えた。
 オペラはうふふ、と笑いながら手をひらりと振り、城の中へと戻っていった。
 オーカーは途端営業スマイルから非合法しかめっ面へと早変わりし、一息ついた。ああいう勘違い女は嫌いなのだ。
 ふと腕時計に目をやると、針は八と五の字を指していた。


 ブルシアが来たのはそれから長針が五回傾いたころだった。「すまない、挨拶周りをしていたらつかまってしまったもので」と、土産代わりに言い訳を言った。
「まったく、あのピンクドレスの女の子はなんで俺の城に来ているのだろう。俺は招待したつもりはないんだが……どうした、オーカー? 今日はやけに不細工だな」
 ブルシアは体をオーカーの方へ傾け、顔を覗き込んだ。オーカーはふつふつと煮えたぎる熱湯のように、じわじわと怒り出した。
「遅れてきたくせに侘びの言葉がすまないだけってどういうことだてめぇ! お前が七つと三十にこいっていったんだろうがっ! 何堂々と遅刻宣言してんだよこのバカチン!」
 一気にオーカーは言い、フーフーと荒く息をしながら俯いた。夜の闇の中でもよくわかるほど、真っ赤に顔を染めていた。
 耳まで赤くなっているオーカーを見てブルシアはくすくすと笑い、隣に腰掛けた。そこはさっきまでオペラが座っていたところだ。
「悪かったよ。会議が長引いたんだ」そう言いながらも、やはり笑ったままのブルシアに怒る気はもう起きず、オーカーはため息をついた。
 このままでは話が進まないので、オーカーは早めに切り出した。
「自分に何の用だ。せっかく牛の出産予定日だったのに、父さんに任せることになっちまったじゃねーか」
「お前なんで一人称が自分なの。俺とか僕とか使えば?」ブルシアはあからさまに話を逸らした。
 オーカーは顔をしかめた。「そんなの……どうでもいいだろ」と、いつもと明らかに違う反応を見て、ブルシアは少し戸惑ったように、
「どうしたんだ、なんか俺まずいことでも言ったか?」
 べつに、とオーカーはそっぽを向いてしまった。二人はそのまま押し黙る。

 夜空は深みを増し、星は宝石をちりばめたようにキラキラと、不規則に輝く。それはいつか失われてしまうのかもしれない。国のどこにでもあった美しい花畑のように、透明を極めていた川の魚達のように、朝を誰よりもはやく知らせていた鳥達のように、人の手によって、壊されてしまうのかもしれない。
 オーカーは途端に切なくなって、星空から目を離した。そんなオーカーなんか知るか、とでも言うように、星たちは闇の中で踊っていた、
「……なぁ」小さい声でオーカーは話しかけた。
「なんだ?」
「あのさ……お前、次の国王じゃん? そしたらさ、昔のきれいな景色、少しずつでも取り戻していってくんねぇかな?」
 ブルシアはオーカーを見つめ、しばらく閉口していたが、
「それは、この国の開発をやめろってことか」ため息と一緒に呟いた。
 オーカーは小さくうなずいた。
「無理だ」その言葉は、オーカーに言っているようにも、自身に言い聞かせているようにも見えた。
「この国が独立戦で勝てばどんどん人が流れてきて、一気に発展するだろう。そうなれば当然住居も施設も増える。開発をやめるどころか、進む一方だろうな」
 オーカーが口を開きかけたのを遮るように、
「それにだ、もし独立戦に負ければこの国は確実に他の国に吸収され、どっちにしろ開発はされる。諦めろ」
 ブルシアはそう言って、むっつり口をつぐんだ。オーカーは反論すらできず、うつむいた。ブルシアが開発をしたいわけではないということは、口調からわかる。
 美しい景色が失われるのは、ブルシアにとっても嫌なことであるが、もうどうしようもないことなのだった。