複雑・ファジー小説

Re: 俎上の国独立に移る ( No.4 )
日時: 2011/08/23 13:07
名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: Lo6Tr77W)

1-3 牛の出産が見れなかったから怒ってる。嘘です。

 ブルシアは一瞬ためらうような表情をしてから、重そうに口を開いた。
「あのさぁ、オーカー……」
「なんだよ?」
 オーカーは顔を上げ、ブルシアを見つめた。ブルシアはドキリとする。オーカーの女のようにぱっちりとしていて、長いまつげが縁取る目で見つめられると、同性でも異性でも胸が騒ぐのだ。そしてオーカーには、話している人の顔をじっと見つめる癖があり、胸騒ぎに拍車をかけるのだ。
 ブルシアは体を無意味にくねらせながら、
「その……俺、戦に出てみようと思うんだ」

「はああ!?」
 第一声がそれだとさすがのブルシアでも傷つくもので、ずぅんと肩を落とした。そんな様子を気にかけるふうもなく、オーカーはまるでロードローラーのようにブルシアの心をどんどん踏みつけていく。
「お前バッカじゃないの!? 何国を背負うやつが戦にでたぁーいとかぬかしてんの!? お前はそれより外交とか貿易とか治安維持とかやることあるだろうがこのバカチン!」
「何もそこまでいわなくても……」ブルシアはあからさまに嫌な顔をした。
 オーカーは般若の形相でブルシアの胸倉を掴んで揺さぶる。
「そこまで言うわボケ! アホかお前はぁ!! 頭をそこの池で冷やしてついでに溺れてこい!」
 しばらくがくがくと揺さぶっていたのだが、唐突に手を離され、ブルシアは後ろ向きに倒れそうになった。
 オーカーは頭から湯気を出しそうな勢いで怒っていた。なぜそこまで怒るのか、ブルシアにはわからない。男なんだから同意して、「一緒に戦おうぜ!」なんて言いそうなものなんだがな、とブルシアは心の中で首をひねる。

「オーカー、話を聞いてくれよ。俺はこの国を全力で守りたいし、全力で強くしたい。そのためには俺が引っ張っていかなきゃだと思うんだ」
 まだ怒っているオーカーを諭すような口調で、
「この国を引っ張っていく男が戦わないで何をするんだ? 外交は父に、貿易は大臣に任せればいいし、治安維持は皆で進めていけばいい。今見るべきは、この国の独立だと思うんだ」
 勢いがついてオーカーの肩をがっしを掴んだ。その瞬間に、オーカーの顔は夕焼けの色に早変わりした。オーカーは急いでブルシアの手を除け、こほんとわざとらしく咳払いをした。
「……まぁ、そこまで言うならとめねーけど……自分の邪魔はすんなよ!」
 わかってるよ、とブルシアは微笑み、立ち上がった。つられてオーカーも立ち上がる。
「そろそろ中に入ろう。さすがに肌寒くなってきた」ブルシアはおどけたように自らの肩を抱いた。
 オーカーはうなずき、さっさと中へ入っていった。「何か言えよ……」ブルシアはそう拗ねながら、オーカーの後を追った。


 翌日、オーカーはかなり寝坊をした。
 勢いよく弾みをつけながら起き上がり、一気に服を着替え、すぐに外に出た。天気快晴、すがすがしい朝だというのに寝坊するなんて、もったいないことをした、とオーカーは早寝しなかったことを後悔する。
 蛇口をひねり、ホースを畑まで持っていって、作物に満遍なく水をかけた。太陽の光が水に反射し、小さく虹を作る。オーカーはこれが大好きだった。
「おや、オーカー、やっと起きたのかァ?」
 からかうように笑いながらオーカーの父が出てきた。オーカーはむすっとした。「なんで起こしてくんなかったんだよ」
 オーカーの父はカカカと笑い、
「あんまりにも寝相がすごいもんでなァ、起こしたらわりぃかなァ思うて」
「余計なお世話だ」
 オーカーは蛇口をひねり、水を止めた。ホースを器用に巻いて、蛇口にぶら下げる。手押しのポンプから地下水をくみ上げ、バケツに入れた。それを牛小屋のほうまで持っていこうとしたところで、オーカーの父は言う。
「牛にはもう餌も水もやったぞ」
「はやく言えバカチン親父!」