複雑・ファジー小説
- Re: 俎上の国独立に移る ( No.6 )
- 日時: 2011/08/26 14:26
- 名前: 深桜 ◆/9LVrFkcOw (ID: WylDIAQ4)
1-4 お前が大切だから
「あれ、オーカーじゃないか。どうしたんだオーバーオールなんか着て」
オーカーが牛を裏山に放牧しているところに、ブルシアがやってきた。めずらしくラフな格好をしている。
言い方に皮肉のスパイスはないのだが、「オーバーオールなんか」というところにカチンときたオーカーは、
「うるせぇ。お前こそなんだそのカッコ。シャツと短パンとか、夏休みの坊主か」そう言うと、ブルシアはなぜか誇らしげに胸を張る。
「父から外出の許可がおりたからな、山でトレーニングだ」
王子とは思えない大胆不敵すぎる行動に、オーカーは呆れた。王子としての常識をわきまえないとは、何をか言わんやである。
ていうかよくこんな肌寒い季節にそんな格好で要られるな、とオーカーは呆れを通り越して感心した。
「この山はいいな。奥のほうにはサンドバックまであって、素晴らしい。なんかふわふわしてたけどな」
「それ多分この前仕留めたウサギを、キツネ用の罠として吊るしといたやつだと思うんだが……」オーカーはげんなりした。こんなことも知らないなんて、やはりブルシアは王子だなと思う。
ブルシアはそれを聞いて大層驚いたようで、
「えぇ! 俺何回も殴っちゃったよ……どうしよう」
「死んでるから問題ない」オーカーはきっぱりと言った。
ブルシアはオーカーをしばし見つめて、ため息をついた。「なんだよ」とオーカーが言うと、
「お前って、戦はやりたくないくせに、ウサギとかの命は疎かにするんだな」
「……何が言いたい」オーカーは、珍しく冷静に訊いた。
肌寒い季節の山は、実りの時期に蓄えていた葉を落とし、地面に生える草でさえ、茶色を織り交ぜた緑色をしている。そこには、色あせたオーバーオールの青と、地味なベージュのシャツの色、そして牛の白と黒がよく映えた。
「そのままだよ。お前は昨日、戦に出ると言った俺を必死に止めようとした。それは俺を死なせたくないからだろう? なのに、ウサギが死んでいても問題ないと片付けるお前って、残酷なやつだなって思って」
「じゃあブルシアは、自分の命を、別の生き物と同等に扱ってもらいたいのか? 違うだろ?」
ブルシアは黙った。風が強くなってきている。
「自分の母さんも、ブルシアとおなじようなことを言った。母さんは猟師に撃たれそうになったキツネをかばおうとして、撃たれて死んだんだ。自分はっ——私は! ……お前にそんな死に方されたくないから言ってるだけだ」
牛が機嫌を損ねたように鳴いた。オーカーは牛に顔を向けた。「自分は、そろそろ帰る」
オーカーは振り向かずに山をくだって行った。ブルシアは立ち尽くす。そして、まいったとでも言うかのように、右手でペチンと頭をぶった。
「……あいつの泣くところも、あいつの母さんの死に際を聞くのも、初めてだ」
序々に小さくなっていくオーカーの影は、腕でごしごしと顔を拭いていた。
「——そして、あいつが自分のことを私って言ったのも、初めてだ……」王子の独り言は、虚しく山に響くのみだった。
「おや、オーカー、どうしたんだいその顔? 真っ赤だよ」
オーカーが昼食を取ろうと食堂に入ると、女将は真っ先にそう言った。オーカーは苦笑いし、
「牛に足を踏みつけられてね、恥ずかしながら大泣きしたんだ」と、嘘をついた。
女将はそれ以上詮索するこもなく、厨房に入っていく。オーカーはかなわないなぁと思った。
——バレてんなぁ、嘘ってこと。
オーカーはまた苦笑いし、厨房に向かって大声で言った。「日替わり定食ひとつちょうだい!」
「あいよー」と、厨房から戻ってきた大声は、いつにもましてたのもしく聞こえる。