複雑・ファジー小説
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— ( No.1 )
- 日時: 2011/09/05 20:36
- 名前: 火矢 八重 (ID: AHkUrUpg)
籠の中に居る鳥が居ました
鳥は言いました 「この籠の向こうには何があるんだろう」
籠の鳥は外の世界が見たくて檻を突き破ろうとしました
けれど檻は鉄で出来ていて 小さな籠の鳥には破れません
それでも鳥は突き破ろうと努力しました
けれど鳥は思うのです 自分の力が無力だということに
どんなに突き破ろうと努力しても 翼が汚れ痛んでしまう
純白の鳥はやがて 灰色の翼になってしまいました
序章 不幸の連鎖によって
小さいころから他人とは違う『世界』に住んでいた。
その理由は、俺が普通じゃないから。
天文一年(一五三二年)の初夏。府中(今の愛媛県今治市)で、一人の少年の元服が行われた。
少年の名は村上通康(元服後に名乗る)。後に村上水軍の大将となり、死後来島(久留島)通康として有名になる少年。
日本の古代から中世にかけて、伊予の国(今の愛媛県)に河野氏という豪族がいた。
当初は国衙の役人として活動していたが、治承・寿永の乱(源平合戦)で源氏の味方をしたことから、鎌倉幕府の御家人となり、その後、室町期に道後に湯築城という城を建て、そこに本拠を移した。
そしてこの当時、河野家の兵力は瀬戸内海で最大規模の水軍となった。他の者は河野水軍と呼んだ。村上水軍も、その河野家の配下に当たる。
通康はこの後すぐに河野家当主通直に気に入られ、以後二人は父子の関係となる。
そんな通康の、苦難多くも奇想で不思議な出来事を、ここで語ろうと思う。
永正一六年(一五一九年)の初夏。通康は生まれた。
だがそれは、彼にとって最初の不幸だった。
小さな小屋から、赤ん坊のむせび声が聞こえた。
小屋の外にいた男は、思わず立ち上がる。
それと同時に、慌ただしい物音と、歓声の声が聞こえた。
「おやかた様—!」
乳母が慌てて外へ出る。
「生まれたか!?」
外で待っていた男は、興奮気味で乳母に聞いた。
「男か!?女か!?」
「男の子です!それも、可愛らしい!」
乳母がそう言うと、男は風の如く小屋へ入った。
「お、おやかた様!?」
乳母は慌てて男の後を追った。が、石に躓いて、顔を思いっきり地面に打ち、気絶した。
それには気付かず男は産まれたばかりの赤ん坊を抱く。
「おお、でかしたぞ、お岩!」
男は、妻に向かっていった。
男の妻————お岩は、汗だくになりながらも、思いっきり笑っている。
「は・・い、死ぬ思いで産みました・・・・」
「元気な赤ん坊ですぞい。大事に育ててなあ」
お岩の隣に居た産婆が言った。
この男の名は康吉。そしてこの赤ん坊は後に通康———そう、あの少年————と名乗る。
これが、通康が産まれた瞬間だった。
この時までは皆幸せだった。
この時までは。
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— ( No.2 )
- 日時: 2011/09/05 21:31
- 名前: 火矢 八重 (ID: AHkUrUpg)
その二ヶ月後。
夏で一番暑い季節に、お岩と通康は屋敷で二人、毬を転がして遊んでいた。
幼い通康を抱いたお岩は毬を転がして通康に訊ねる。
「暑いね・・・なあ、お前もそう思うだろ?」
まだ二カ月しか経っていない通康は何を思ったかは知らないが、こつんと、頷いた。
お岩は中庭へ出た。一緒に、通康も抱いて。
木からは蜩が、池からは河鹿が鳴いている。
お岩はこの季節が一番好きだった。蜩は時々一斉に鳴きだして、小さい頃は五月蠅いと思っていた。そんな頃が懐かしいと思うと、多少は五月蠅くても声を聞き入れてしまうのだ。
「ほら、蜩が鳴いているよ」
蝉時雨が通康の心に届くように、お岩は通康を少し高く持ち上げた。
「同じ頃、私もよく母上にこうやって蜩の声を聞いていたっけ・・・」
あれから何年経っただろう。故郷を離れて、何年。
別に寂しくはなかった。ここの生活は幸せで、何もかもが自分の心を満たしていく。
ただ、やはり帰りたいな、とも思ってしまうのだ。
「もう、帰れないのにね・・・」
ポツンと、お岩は呟いた。
いつの間にか、お岩と通康は縁側に寝ていた。起きた時には夕暮れだった。
朝に鳴いていた蜩が、まだ鳴いている。
「いつの間に寝てたのかしら・・・」
そう言ってお岩はまだ寝ている通康を抱き、部屋に戻っていた。
「奥方さま———————つ!」
その時、慌ただしく女房が顔を青ざめて来た。
「なんじゃ、慌ただしく来て。起きてしまうではないか」
「た、大変です!」
お岩の文句を華麗にかわし、女房は青ざめたまま、言った。
「おやかた様が—————————————————!」
何が起こったかは、お岩にはあまり理解することが出来なかった。
女房に聞かされた言葉。
『おやかた様が、突如の襲撃で—————!』
そこからは何を思ったか、覚えていないのだ。
頭が真っ白になり、気がつくと自分の夫が内臓や心臓をあっちっこっちに散らばっており、頬は血で塗られていた。
そこからはもう、記憶が無い。
夕方の蜩が物哀しく鳴く。大好きな蜩と河鹿の声も、お岩には届かない。
通康が泣きだした。何時もはとっさに動くお岩はもう放心状態で、通康の声も届いていなかった。
乳母は泣いている通康を抱きかかえ、泣きやませようと背中をトントンと軽く叩く。
「奥方さま・・・」
乳母は心配して呼びかけるが、その声すらもお岩には届かない。
乳母は通康を抱いて、お岩を一人にした。————一人にした方がいいと、思ったのだ。
その晩、お岩は食事を取らず、一人で寝た。
いつ寝たのか、またどうやって布団を引いて寝たのかはお岩には全く覚えてない。うとうとし始めてそのまま深い眠りについた。
その日は、真っ暗な一夜の闇を斬り裂けるように、ほうき星が流れた。
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— ( No.3 )
- 日時: 2011/09/05 20:55
- 名前: 火矢 八重 (ID: AHkUrUpg)
一週間後。
夫康吉が死んでから、お岩は食事すらもまともに食べなかった。
「もういい・・・下げておくれ」
「奥方様、そんな量ではお体を壊します!」
乳母が慌てて言う。
「奥方様がお体を壊してしまっては、お世継ぎであるお子も・・・!」
「もう、いい」
乳母の必死な言い分が言い終わらないうちに、お岩はうんざりした声で遮った。
「も、もういいなんて、そんな・・・ッ!」
「もう、どうでもいい!息子も世継ぎも蜩の声も河鹿の声ももううんざり!もう、何も触れたくない!」
その言葉に、乳母は唖然とした。
お岩は本当に大人しい女性だった。声を荒げることなんて絶対に無かった。だがらこそ、乳母は唖然としたのだ。
この人は壊れてきている。乳母はそう感じた。
「早く下がれ!私は一人で居たい!」
「は、はい」
乳母は大人しく、通康を連れて部屋から出た。
その様子が、七日間続いた。
遂にお岩は体を壊し、寝込むようになった。
それからというものの、館では次々に人が倒れていった。
流行病なのか。どうしてこんな目に遭ったのか———と、床についた人々は口癖に言う。
そんな中、一人の法師がやってきた。
その法師の姿をこっそり御簾から見ていたお岩は、男の周りが何か禍々しい気配を感じた。
「私は法師。この家の主は居るか」
乳母は慌てて法師を客間へ案内し、お茶と茶菓子を出した。
法師は言った。
「この家は呪われている。特に、その赤ん坊が生まれた時から」
そう言って指を指したのは、乳母が抱きかかえている通康。
乳母は驚いた。———確かに、この子が生まれた時から良くない事が続いている。
けれど、いきなり来て人の子供に悪口を言うなんて、図々しくは無いだろうか。
この子が生まれたから災いが起きているなんて、確定出来ない。
そう思い、乳母は慌てて法師を追い払おうとした。
その時、法師はあるとんでもない予言をする。
「もしもこの子がこの家に居るならば、七日の晩が過ぎた頃にお前の主は死ぬぞ」
そう言って抵抗することなく去って行った。
そうして、七日の晩が明ける頃。
お岩は、あっけなく死んでしまった。本当に、呆気なく。
康吉のように、殺されたわけでもない。眠っている間に、息を引き取ってしまったのだ。———法師が言った通りに。
そして、その日の朝の内に、法師は屋敷の玄関に立っていた。
法師は最初に、丁重にお岩の亡骸を葬った。
他の者たちはその姿を見て思った。お岩の死によって、法師の言葉を疑う者は居なくなった。
屋敷の者たちは法師にすがった。どうか、あの子供を退治してください、と。
人々は通康を、『災いのもと』と思ったのだろう。そして、次は自分が死ぬかもしれないと脅え、通康が疎ましくなったのだ。
法師は言った。
「全てがこの御子のせいではない。私が預かって、この者の災いを呼ぶ力を封じましょう」
その言葉に、屋敷の者たちは簡単に、通康を法師に渡してしまった。
屋敷の者たちは知らない。何故、こんな『災い』が起きてしまったのか。
それを知っているのは————————通康の中に居た、『人ならぬモノ』だけ。
————やれやれ、人は現金だねえ。
何処かでポツリと、人ならぬモノが呟いた。
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— ( No.4 )
- 日時: 2011/09/06 19:30
- 名前: 火矢 八重 (ID: AHkUrUpg)
さて、通康はどうなってしまったのだろうか。
確かに、通康は法師の元で半月居る。だが、あっという間に法師も死んでしまった。
では、通康は何処で育ったのか。
まず最初に、路地でさ迷っている通康を、百姓夫婦が拾った。そこには子供がおらず、通康を本当の子供のように育てた。
そこで通康は、五年暮らした。
そして、六歳(正確に言えば五年と六カ月)になった、正月の頃。
何と、今まで子宝を授けなかった夫婦たちに、新しい命が生まれた。生まれたのは女だった。
嬉しい夫婦たちは、通康にも一杯の愛を注いだ。
だが、娘が生まれてすぐ、百姓夫婦は通康を捨ててしまった。
理由は、通康は他の者には見えないモノを目に写すことが出来たからだった。例えば、通康が「あそこに首の長い女の人がいる」と言っても、百姓夫婦には見えない。彼が見ている世界は、他の者とは違うのだった。
そして、もう一つ。何故か何時も米が不作になってしまう。
時々荒らされたり、豊作でもごっそり無くなっていたり、全て枯れてしまったりした。時々夫婦が大きな怪我を負ったり、重い病にかかってしまった。
夫婦も思ったのだろう。通康は、「役病神」と。
そしてまた路地をさ迷い、拾われ、また捨てられ、時には村八分になったり、一斉に石を投げられたりした。
そうしているうちに、どんどん通康の心はすたれていった。彼にしか見えないモノもまた、彼に石を投げ、時には大けがを負わせたりした。彼には不思議な力があり、時に喰われそうにもなった。———恐らく、『妖』という類に。
妖を写せる目と、人には無い『不思議な力』。その体質のせいで、どんどんと通康の心はすたれていったのである。
だが、そんな通康にもある「光」が訪れた————。