複雑・ファジー小説

Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照200感謝】 ( No.101 )
日時: 2011/10/02 20:25
名前: 火矢 八重 (ID: 6DNfJ1VU)

 さて、診療室と呼ばれる所に、師匠は居た。
 そこらに居る医師とは風変わりだった。褐色の肌に赤い目。髪は元結しており、服は着流しだった。
 そしてその医師は・・・寝ていた。

「ぐぅうぅぅうぅぅぅぅ」

 ビックリするようないびきに、兎羽は引いた。
—————なんだこいつのいびきぃぃぃぃぃ!本当に人間かよ!?
 それほどまでに、この医師のいびきは凄かったのである。まる。

「師匠—、ほら起きてくださいよー」

 妙が手慣れたように医師の体を揺らす。それでもいびきは止まらない。———ヒドイこのいびきは、ある種の公害だ。

「ほら、先生—」

 二度ゆすってもやはりいびきは止まらない。

「ほら、センセー!」

 三度ゆすっても起きない。
 三度やってとうとう妙はキレた。何処から取り出したのか、竹刀で思いっきり医師の頭を殴った。

 ガンッ!と濁った音がしたかと思うと、血を頭から流した医師の寝ぼけた声に、兎羽は色々な意味で悲鳴をあげた。



「・・・ったく、寝ぼけすぎですよ、師匠」

 妙が医師の血を拭き取りながら言う。言葉遣いが荒い妙でも、医師には敬語を使っていた。

 妙奥義『竹刀北斗剣』を喰らっても————血は流してあるが————ちっとも痛がらない医師。妙の師匠と言うだけあって、流石である。色んな意味で。

「・・それはすまない。今日はどうした・・・?」

「前、五龍姉さんの件、話しましたよね。それについて、汐音が聞きたいって・・・」

「汐音・・・?」

 不思議そうな顔をして————表情は乏しいが、聡い汐音は慌てて自己紹介をする。

「お、お初目にかかります、河野汐音と申します!妙とは幼馴染で・・・」
「・・・ああ、汐音ちゃんか。妙から聞いてるよ」
 医師の言葉に、汐音はほっとする。————取りあえず、自己紹介終了。

「・・・で、汐音が姉さんの様子を見て、呪われてるんじゃないかって・・・先生は何か判る?」
 妙がある程度のことを話すと、医師がゆっくり口を開く。
「・・・呪い・・・ああ、あの黒い塊か」
「やっぱ、アレ呪いですか?」
 汐音が尋ねると、医師は首を横に振る。
「・・・一応呪いだが、完成はしていない。恐らく、誰かが期間内に清めたのだろう」

 その言葉に、汐音は鉄鼠の言葉が脳裏に浮かんだ。————そんなこと言ってたな。
 同時に、あの時の洞察も思い出して、それを医師に伝える。

「あ、あと・・・私は、五龍姉さんを恨んでいる人が呪いを掛けたんじゃなくて、五龍姉さんの周りの誰かをおびき寄せようとしたような感じに思ったんですけど・・・」
「・・・五龍さんの周りの誰か・・・」

 汐音の言葉に、医師が何かを思い出そうと黙り込む。やがて思い出したのか、口をゆっくり開いた。

「・・・あの呪いは、虚ろだな・・・」
「虚ろ?」

「・・・誰かの不安定な思いが、暴走したと言った方がいいか・・・誰かの強い思いが、人を変える力になることもある・・・それは、負の感情も正の感情も同じ・・・」

 ハッと、医師が顔色を変えた。

「・・・そう言えば、そんな風な奴・・・人間だが、患者として来たな・・・」

「え!?」

「確か名前は・・・・」