複雑・ファジー小説

Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照200感謝】 ( No.104 )
日時: 2011/10/08 19:04
名前: 火矢 八重 (ID: FLZh3btT)

                  ◆
「虚ろ?」

 一方、妖文献所で通康たちは『呪い』について調べていた。
 献妃が説明する。

「ええ、虚ろと言うのは、負の感情・・・『怒り』『嫉妬』『悲しみ』・・・そう言った、黒い感情が集まるのです。例えば、蠱術。器の中に腹の空かせた虫を多数入れ、お互いを喰わせます。そして、最後に生き残ったもっとも生命力の強い一匹を持ちいりて使用する。生き残りたい、そして生き残った虫への『恨み』、『妬み』、そして生への『執念』・・・そう言う虫の『負』の想いが、呪いになるのです」

 鶴姫も付け加える。

「呪いって言うのは、要は人の『想い』だからね。名前や言葉も『呪』。ほら、言霊って言うでしょう?悪口や中傷で人が傷つくのもそう。その人の負の想いが、そのまま言葉で伝わっているから」

 だから言葉って、本当に重いんだよ、と鶴姫が言った。


 通康は思う。呪う人は、どんな想いで人を呪うのだろうと。

 —————人と言うのは、凄く寂しがりで構って欲しい生き物だ。

 人を呪うということは、ある意味一番楽なのかもしれない。誰かを蔑み、妬み、見下ろすことで自分の居場所を得ることが出来るのだから。

 自分もそうだった。周りを憎み、蔑み、誰かのせいにして過ごしていた昔の自分。
 そうすることによって、自分は悪くないと思えることが出来たから。

 だが、それは—————傍から見れば、あまりにも惨めで哀れなモノだ。
 人を蔑むということは、人を傷つけていると言う事。そう言う人に、誰かが好きで寄って来る訳がない。
 むしろ、どんどん居場所が無くなって————一人になってしまうのではないだろうか。そして、気づかないまま、自滅して——————。

 ふと、通康の脳裏に汐音の姿が思い浮かぶ。

 汐音は目立つ存在だ。朝早くの空に浮かぶ雲のような銀髪、萌える草木と海のような瞳、神の血を引いているからか、身にまとう雰囲気が神秘的だ。

 そんな彼女は、全ての者に愛されているわけではない。

 傍から見れば異端の姿をした彼女を、悪く言う家臣たちも居る。不思議な力を持つ彼女を、「災いの神」「祟り神」と言って、蔑む輩は少なくない。

 妖も、自分の力を蓄える為に汐音を狙っている。霊力を半端なく持っている幼き少女を。

幼い少女にとっては、板挟みされているような環境だろう。

 だが、彼女は決して周りも自分の生い立ちも憎まなかった。自分も周りも受け止めて、それすらも前向きに考える。

 蔑まれても、妬まれても、必死に他の者の価値観に合わせたり受け止めたりする努力を持った彼女だからこそ、良い友人たちに恵まれたのだ。

 ————そうだ、だから呪いは跳ね返って行くんだ。

 人を呪う時には、穴二つと言われている。何故なら、人を呪えば呪うほど、自分も傷つけてしまうだけだから。


 自分は汐音のお陰で気づくことが出来た。なら、気づかせてあげたい。
 通康の想いが、湧きあがった。

「なあ、鶴姫。妖たちに一晩見張らせることは出来ないか?それと、献妃にはもう少し呪いについて調べて欲しいんだけど・・・」




 別に、自分のお陰で救えるなんて思っていない。
 自分は神じゃない。いや、神にだって救えない者だってあるだろう。どんなに水を掬っても、指の隙間から水が零れるように、救えない者だって沢山ある。
 現に今だって、こうやって鶴姫や妖たちの力を借りないと自分のことすらも出来ない。

 汐音だって、今の環境に苦ぐらいは持っているはずだ。汐音だって、辛い思いは一度や二度はしてるはずだ。
 汐音だって、全てが全て救われているわけではない。

 だが—————救える可能性だってあるんだ。

 救うには、両方の手から差し伸べなければ決して不可能だろう。一人じゃ無理だから、周りの力も不可欠なのだ。
 だが、その時自分の手も差し伸べなければならない。自分も救われようと努力をしなければならないのだ。

 ————良い結果が出るように、最善を尽くそう。でも、救えないことだって沢山ある。

 結果が全てじゃない。例え望んだ結果が出なくても、人はちゃんと一歩は進んでいるのだ。







 と、信じようと通康は思ったり思わなかったり。