複雑・ファジー小説
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照200感謝】 ( No.107 )
- 日時: 2011/10/20 18:01
- 名前: 火矢 八重 (ID: gG3G93SR)
◆
それは、小さな記憶だった。
汐音は何処で産まれたのか、両親の顔などもう覚えていなかった。
けれど一つだけ。たった一つだけ、覚えていることがある。
大きな手があった。その手は、良く汐音を撫でていた。
気持ち良かった。撫でられるのが好きで、良く汐音は父に甘えていた。
けれど、傍から鋭い視線を感じた。それは時々汐音を畏怖させるものだった。
何時も振り向くと視線は感じるのに、何も居ない。だから怖かった。
だから汐音は物心がついた時には、父から頭を撫でられるのを嫌がった。
何故なら視線が嫌だったから。妬まれるような、憎まれるような、そんな視線が。
そして、父の死によって、ようやく理解出来た。
あれは、私を妬んでいるモノの仕業だと。
あれは、私を憎んでいるモノの仕業だと。
いつの間にか、その記憶は新しい時間に、押し流されてしまったけれど—————————・・・。
◆
「大丈夫ですか?ご気分は?」
妙が青年に聞くと、青年はこくりと頷いた。
ここは心の病を患った青年の家。医師が言っていた、「何か黒いものが憑いている」本人。
調査のついでに医師から薬を届けるのを頼まれたからだ。
妙が青年に薬を飲ませている間、汐音はこっそり覗いて見ていた。妙曰く「知らない人が来たら疑心暗鬼を持つかもしれない」と注意されたからだ。
汐音は黒いモヤに気づいた。————間違いなく、あの青年は「虚」状態だ。
肉の器は健康だ。しかし、心が何処かに置いている。あの青年には、心が無いのだ。
(まるで、人形のようだ・・・)
表情も無に等しい。唇は真っ青、目は虚ろのようで、何も見えていないように見える。
妙が汐音の方へ来た。どうやら、診察は終わりのようだ。
「どうだった?」
汐音が聞くと、妙は首を縦に振った。
「あー、あの人もう廃人状態だわ。通常に戻すには、時間がかかりそうね・・・。五龍姉さんを呪ったのはあの人で間違いないと思うけど、恐らく、あの人は別に五龍姉さんに恨みなんて持っていないと思う。勿論、汐音の仮説で言う周りの人のことも、ね。これは私の仮説だけど・・・もう一つ、別の黒幕が居るんじゃないかしら」
「別の黒幕?」
「そう、あそこまで廃人になっちゃったら付け込まれたと言った方が信憑性あるでしょう。妖とかは特にね。妖は私たちが恐れたのが具現化したモノだから、付け込むなんてたやすいと思うし」
「成程」
その言葉を聞いて、汐音は納得する。
心が無くなれば、人形のように器しかなくなる。それは、一番危うい所なのだ。
例えば、負の感情なんて言う「大きな流れ」は大きな器を求める。何かの文献で読んだが、陰陽師は呪いを受けない為に、人形(ひとがた)を作り、代わりに受けさせたと言う。
難しい話だが、要は大きな負の感情(妬み、憎しみ、悲しみ)は、より大きな器を求めるのだ。それこそ、人間のような肉体を。
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照200感謝】 ( No.108 )
- 日時: 2011/10/22 20:38
- 名前: 火矢 八重 (ID: gG3G93SR)
「・・・ねえ、妙」
「何?」
「心を失う時って・・・どんな感じだろうねえ」
汐音が聞くと、妙は少し間を置いてから言った。
「・・・さあねえ。なったことが無いから判らないよ」
「だよねえ」
その言葉に、思わず苦笑いで返す汐音。
————彼女らしい言葉。
でも、と妙は続ける。
「———でも、私は今の自分が好きだよ」
「・・・・」
「憎んだり、悲しんだり、悔んだり・・・それはよく煩いと思う時が多いけど、でもだからこそ———————きっと人は、『こうなりたい』と願うんだよ」
憎むからこそ、愛しい思いがあるわけで。
悲しいと思うからこそ、大事にしたいと言う思いがあるわけで。
悔むからこそ、自分を変えたいと言う思いがあるわけで。
「そうやって————自分を、日常を変えて行くんだ。
何も変わらない日常なんて、つまらないでしょ?」
妙は少し笑いをにじませて言った。それに、汐音も微笑む。
————彼女らしい言葉だわ。
女でも、男のように武道を会得し。
水軍の娘でも、医術を学び。
何時でも自分が楽しむように、毎日が何時も変わっているように。
自分で楽しもうと、前向きに考える。それが妙だ———————。
「・・・そうだね、何も変わらないものなんて、つまらないわね」
「そうそう!言うようになったじゃん!」
「それはアンタでしょ。全くクサイ台詞はきやがって!」
「んだとこらぁ!?」
思わず笑いながらふざけ合った。その時だった。
「えっ・・・」
汐音の視界が、いきなり反転したかと思うと、首に圧迫感があった。全身に重みがかかり、頭を強く打つ。
自分が首を絞められていることに気づくのに、数秒かかった。
「恨めしい・・・恨めしい」
男の声が聞こえた。顔を良く見ると、自分の首を締めているのは青年だった。
「恨めしい・・・恨メシイッ・・・!!」
青年の顔は真っ黒だ。恐らく、邪気に当てられたのだろう。
「くッ・・・!あッ・・・!」
嗚咽を漏らす汐音。
————苦しい。
そう思った時、とある記憶が脳裏を遮った。
————えっ?
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照300感謝】 ( No.111 )
- 日時: 2011/10/30 18:54
- 名前: 火矢 八重 (ID: gG3G93SR)
「ちょ・・・汐音!?離してください!」
妙が必死に止めかかる。しかし、体の大きさもあってか、男女の差もあってか、あっという間に片手で振り払われてしまう。
「わッ!」
ドン、と思いっきり頭を打ったようで、怪我は無かったようだがそのまま動けないでいた。
————妙!
声に出そうとしたが、首を絞められている為思ったように出ない。
死ぬ————そう思った時だった。
「汐音!」
ダン!と、床を蹴る音が聞こえた。聞きなれた声がしたかと思うと、首が楽になった。
全身にかけられていた体重が軽くなり、上半身を起こす。
ゴホ、とむせた音を立てながら、汐音は自分の家来の名を言った。
「通康・・・」
「何やってんだ、こんな所で・・・!」
通康は青年に溝打ちを喰らわせた。
「ん?こいつ、邪気と瘴気の臭いがするぞ。やはりこの医師の言った通り呪っていた犯人だな」
「もののけさん!鶴姫、それに先生!?」
————どうして皆がここに?
汐音の頭にはそれがよぎったが、鶴姫と通康の空気が黒いことに気づく。
「・・・汐音?まずは何がどうなっているのか答えなさい?」
鶴姫の恐ろしい言葉に、汐音は涙目になりながら従うのだった。
「成程、五龍姉さんが何故か呪われていて体調を崩し、心配になって呪っている奴をぶちまかそうと思っていたわけね」
汐音と妙が涙目になりながら、鶴姫の言葉にブンブンと頷く。
・・・若干脚色されているが。
「・・・今、呪いの邪気を払った。
・・・間にあって良かった。呪いがあと一歩で完成していたら、五龍さんもこの青年も死ぬ所だった」
「先生」
どうやら医師も心配して付いて来たらしい。一見変態に見えるが、やはり弟子思いの師匠だったようだ。
鶴姫が、フウと息をついた。
「まあ、今回は良しとしましょう。私たちも同じく呪いを探っていたのです」
「え、鶴姫も?」
「ええ、境内で藁人形を見つけて。それで、通康に相談したところでした」
「なあんだ、人の事言えないじゃない、鶴姫」
妙が言うと、鶴姫は真っ赤にして反論する。
「や、呪いのことがちゃんと判ったら話そうと思っていたわ!ただ、妙は見鬼の才しかないし、汐音は狙われている身だから巫女としてそんなヘマはしたくないとッ・・・!」
「だったら通康はどうだよ!あいつだって退魔の術を心得ているわけではないじゃん!」
「通康はケタ違いなんです!妖力もケタ違いだし、それにもののけさんが居るから!」
ギャーギャーと騒ぐ幼馴染を遠目で眺める汐音。そこに、通康がトンと肩を叩いた。
「汐音・・・」
何?と聞こうとした時、いきなりげんこつが頭の上へ降ってきた。
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照300感謝】 ( No.112 )
- 日時: 2011/11/06 20:37
- 名前: 火矢 八重 (ID: wVDXtEbh)
ガンッ、と凄い音がしたかと思うと、表現できない程の痛みが汐音を襲う。
「〜〜〜〜ッた!」
汐音が畳の上をのたうちまわる。それを見た通康は弾丸のごとく怒鳴る。
「まったく貴方と言う人は!人のこと考えろよ!今回はこれで済んだけど、もし後少し遅れたら死んでいたぞ!?」
汐音は頭を抱えながらポカンとしていた。汐音だけではなく、他の皆もだ。
怒る通康の姿を見たことが無かった為、驚きと意外があったのだ。
「おい、聞いてるのか!?」
「は、はい!」
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照300感謝】 ( No.113 )
- 日時: 2011/12/26 18:52
- 名前: ガリュ (ID: kG84zh4.)
続きがよみたいです。
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 【参照300感謝】 ( No.114 )
- 日時: 2011/12/26 21:14
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: geHdv8JL)
- 参照: http://loda.jp/kakiko/?id
ガリュ様!!
まさかこの小説を楽しみにしてくださるとは……(感泣き)
六花は雪とともにを一通り終わらせた後、ちゃんと更新します!! ありがとです!!