複雑・ファジー小説

Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— ( No.18 )
日時: 2011/09/08 17:37
名前: 火矢 八重 (ID: AHkUrUpg)

 —————寂しい、寂しい。

 —————独りは退屈で、寂しい————————。

 声がする。寂しいって、ずっと言っている。

 君は、誰—————————?





「ねえ、貴方の名前は何?」

 少女が、聞いてきた。
 歳は十四、十五ぐらいだろうか。整った顔に綺麗な真っ黒な髪。そこそこの身分のようで、袖と裾を短くした着物を着ている。髪は男のように、頭の上で束ねていたが、やはり女にしか見えない。
「ねえ、名前何って聞いてるでしょう?」
 焦らすように、少女は言った。
 どうやら山の中だった。竹やぶの近くで、少女は何かに言っている。

「———そう、・・・って言うのね」

 納得したように、少女は言った。真ん中らへんに言った言葉が聞こえなかった。

「ねえ、貴方の毛並みは綺麗ね。そこらの妖とは違うわ。道理で、名前も綺麗なのね。貴方の名前は、この毛並みそっくりだわ」
 毛並を触りながら、少女は微笑む。

「————私の名は華巌(カガン)。ねえ、私と遊びましょう?」


 風景が変わった。バチバチバチッ・・・・と、竹を燃やした音が鳴る。
 見ると竹だけではなく、山全体が燃えていた。
 山の中には、大きな屋敷があった。立派だった屋敷も、真っ赤な炎に包まれた。
 そこに、あの華巌と名乗る少女が立っていた。
 真っ赤に染まる頬。少し煤が付いているせいか、目から流れてきたのは黒い涙。

「・・・ごめんね、皆」

 華巌は屋敷に向かって言った。

「本当に、ごめんね」

 華巌は崩れる。真っ赤な炎は、彼女の周りを囲んだ。
 けれど、彼女の周りは草一本も燃えていない。彼女の服も、髪も、燃えていなかった。

「ごめんね、皆、ごめん・・・!」



 燃えている木が、支えている根を失って、倒れた。倒れる先は、華巌の方へ——————。

 ————どうしてだ、華巌。

 ————何故自分の心を犠牲にした。

 火の向こうから、人ならぬモノが叫ぶ。
 だが、少女は耳を塞いでいるため、聞こえない。

 ごめんね、皆。
 でも、こうするしか救う方法は無かったの———————。








「うわ———————————ッ!」
「うわッ!?」

 通康は飛び起きた。隣に座っていた汐音が、驚いて手ぬぐいを落とす。

「・・・汐音?」
 一瞬、何がどうなったか判らなかった。
 だが、汐音が居ると言うことは、どうやら華巌とかいう少女が出てきた場面は、夢だったようだ。

「よ、良かった。通康ってば、薪割りしている途中で倒れちゃったんだもん。心配したんだよ?」

 通康は周りを見渡した。すると、ここは自室で通康は布団に被っていた。
 汐音がハイ、と手ぬぐいを額に乗せる。どうやら薪割りを手伝っていて、貧血で倒れてしまったようだ。
 だが、倒れる前に、何か頭の中に響いた様な気がする。そう、夢と同じ声で————————。

「あんまり無茶しちゃダメだよ。まだここに来て五日しか経っていないんだから。もっとゆっくりしていいって、お父様も言っていたし」
 汐音の言葉に、通康はうん、と頷いた。