複雑・ファジー小説

Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 『歌詩募集中!』 ( No.51 )
日時: 2011/09/11 19:22
名前: 火矢 八重 (ID: 6DNfJ1VU)

 鮮やかな桜が咲いていた。今日花見で見たあの大きな桜の木だと、通康は思った。
 けれど、外は真っ暗だった。月すらも無く、桜の木だけ明るく照らされている。

 寒いと、通康は思った。凄く、寒い。本格的な夏の暖かさなのに、この真冬のような寒さは一体何だ。
 真っ暗の闇と、凍える寒さ。まるで、人の心を表しているようだ。

 よく見ると、桜の木の下に、女の子が居た。汐音と同じぐらいの歳だ。
 綺麗な桜の着物を着て、幹に寄り添っている。

「・・・ねえ、桜彩(オウサイ)さん。ここは、暖かいね」

 桜の木に、必死に語りかける少女。少女は、通康とは正反対の事を思っているのだ。

「暖かいね、貴方の優しさが、私を守ってくれるからかな・・・」

 暖かい、と少女は何回も言う。暖かいね、貴方は優しいね、と。
 だが、その声もだんだん擦れていった。あの明るい桜も、だんだんと闇に飲み込まれていく。

 少女もだんだん飲み込まれた。それを見て、はっと通康は気付く。———見ると、自分の体も闇に飲み込まれていた。

 まずい、と通康は瞬時に悟った。この闇に飲み込まれてはいけない—————————!

 闇から出ようと、もがき続ける。精一杯足掻く。だが、その努力は闇には通じなかった。もがけばもがくほど、足掻くと足掻くほど、闇に飲み込まれていく。

 やがて、体が飲み込まれ、顔もほぼ飲み込まれた時。

 ————一瞬、垣間見たのは少女が泣いている姿だった。





「うわ!」

 ガバッと、布団から飛び起きる通康。それと同時に、もののけさんも飛び起きた。

「な、何だ!?」

 もののけさんが寝ぼけている様子を見て、通康は呟いた。

「・・・夢か」

 そう、あれは夢。夢だ。今は夏なのに、あんなに寒いわけがない。

 着物は、びっしょりと汗で濡れていた。どうやら、自分が思っている以上に、怖がっていたようだ。

 濡れているままじゃ気持ち悪いので、着替えを探す。

 ゴソゴソとしていたせいか、安成と通宣もつられて起きた。

「あ、おはよう通や・・・」
「あ、おは・・・」

 言いかけたかと思うと、固まる二人。

「あ、おはよう。どうしたんだ?」

 通康が尋ねると、安成と通宣がパクパクと口を動かしていった。

「そ、その瞳・・・」
「その髪ッ・・・!」
「え?」

 後ろを振り向くと、もののけさんも硬直している。一体何だ、瞳と髪がどうしたんだと思って、鏡を取りだす。

「あ、れ・・・?」

 通康の出た言葉は、疑問形。

 見ると、明るい茶色の髪が銀色に、少し暗い茶色の瞳が、真っ赤になっていた。充血したわけではない、茶色の目玉が、真っ赤だったのだ。




「・・・どうやら、憑かれたようだな」

 やっと思考が動いた、もののけさんが説明する。

「憑かれた・・・?何に?」
 次に、思考が動いた安成が聞いた。通宣はまだ固まっている。
「判らん、とにかくこいつを追い出してみるか・・・」

 そう言った時、いきなり通康が慌てて喋った。

「わ、わ!追い出さないでください!」
「え?」

Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 『歌詩募集中!』 ( No.52 )
日時: 2011/09/11 20:59
名前: 火矢 八重 (ID: 6DNfJ1VU)

 何時もの通康の声より、少し高めの声が出た。他の皆はビックリしている。

 ————今のは、通康の声じゃない。


「・・・お前は、通康に憑いている妖か?」

 もののけさんが聞くと、通康に憑いた妖は律義に話した。

「は、はい!僕は、桜彩と申します。元は桜の精霊でした。ですが、この島に居たおかげで、妖力を手に入れることが出来たのです。
 どうか、どうかお願いします!こんな事をした後に図々しいと思いますが、手伝っていただきたいことがあるのです!」

 そう言って、桜彩は説明した。
「・・・僕は、昨日皆さまがお花見したときに居た、あの大きなヤマザクラの木です。僕は、長い年月を掛けて妖怪になりました。
 僕の下で、花見を楽しんでくれる人たちの顔が好きで、これからもずっと見守ろうと思ってました。

 そして何百年か前に、一人で花見に来た少女が、僕の為にご飯を供えてくれたのです。勿論、僕の姿は見えない。でも彼女は、『一人じゃご飯は寂しいけれど、桜さんと一緒に食べたらおいしい』と言って、僕の根元に置いてくれました。

 彼女の名前は葵。没落系貴族の娘で、家は少し貧しかったのですが、普通にご飯を食べるぐらいの財産はありました。本当に心やさしい少女で、何時も桜の季節になったら、僕にご飯を供えてくれました」

 それはとても嬉しそうな顔で、桜彩は言った。
誰にも気づかれず、何百年も。その膨大な時間の中、視えないのに手を差し伸べてくれたたった一人の少女。
一人で寂しかった桜彩にとっては、一つの救いだった。

 だが、そんな嬉しそうな顔は、すぐに曇ってしまった。
「ところがある日、賊が家に侵入しました。葵は市場に行っていたので助かりましたが、父や母や少数の使用人、財産を全て失くしました。残り少なかった食品も全て無くなり、とうとう葵は飢えて死んでしまったのです。

 僕は葵に何もしてやれなかった。せめてあのご飯の恩でさえ、返せなかったのです。

 ・・・長い年月が過ぎ、葵は悪霊になってしまいました。ですが、僕には祓う力は無い。お願いです、皆さま。どうか、葵を祓ってやってください」
 お願いです、と通康の体を乗っ取っている桜彩は頭を下げた。
 桜彩の顔———というか、乗っ取られた通康の顔は、本当に真剣だった。

「どうする・・・?俺はしてやりたいけど」

通宣が聞く。

「俺もだ」と安成。「だが、通康本人の了承がなければ・・・」
「駄目だ駄目だ!」ともののけさん。
「ただの人の子のくせに、慢心してるわ!ろくにこの妖すらも追い出せない奴が!」
「でもなあ・・・」
と、言い渋る安成に、

「・・・そう言うことね」

 バタンと、戸が開かれた。

「鶴姫」

「話は聞かせてもらったわ」と、鶴姫は言った。「あそこの部屋から」
「いや、どっから聞いてるんだ」と、安成の突っ込み。「第一、良いトコの姫が覗き見と立ち聞きしちゃいかんだろう」
「だって聞こえてしまったんだよ」と妙。

「それに、鶴姫は巫女だから、性質の悪い悪霊もパパッと祓えるぜ?」

「あー、そうだったな」と通宣。

「私も、手伝いたい」

 汐音はおずおずと出た。そして、きっともののけさんの顔を見る。
 汐音は真剣なまなざしで言った。

「お願い、もののけさん。力を貸して。もののけさんの力も必要なの」

 汐音の強いまなざしと重い言霊。それには、もののけさんも負けた。

「〜〜〜!だが、通康の了承がなければ」

「俺がなんだって?」

 ハッとして振り向くと、通康がちゃんと意識を持っていた。どうやら、入れ替わったようだ。

「通康!」

「話は、入れ替わっている時にも聞こえた。俺も、葵を救うのは大賛成だ」

 そう言うと、もののけさんもとうとう折れ、『悪霊になった葵を救おう作戦』(誰が名付けたんだか)を行うことになった。