複雑・ファジー小説
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 『歌詩募集中!』 ( No.57 )
- 日時: 2011/09/12 15:50
- 名前: 火矢 八重 (ID: 6DNfJ1VU)
「で?桜彩さん、その悪霊は何処に居るの?」
鶴姫が聞くと、桜彩は言った。
「あの桜の木の下です」
「昨日の桜の木の下に?」
「はい。葵の遺体は、桜の木の下に埋められました。そこに、鬼となって地から這い上がるのです」
「桜の木の下・・・まさに、もののけさんが言った通りだな!」
妙が何かはしゃいでいるが、シカトする一行。・・・妙、あまりにも不謹慎すぎる。
今は桜彩が意識を乗っ取っているが、乗っ取っている間も通康は考えるくらいの意識はあった。
憑かれている通康は、あの夢を思い出した。
——————あの夢は、桜彩の夢じゃないだろうか。だとしたら、あの少女は葵だろう。
あの、優しそうな少女。幹に寄りかかって、暖かいと呟き続けた少女。
彼女は泣いていた。暖かい、優しいと。悲しそうに泣いていた。
もしかしたら、彼女は桜彩に助けを求めて居たんじゃないだろうか。幹に寄りかかって居たわけでなく、幹に必死に助けを呼んだ。あの真っ暗な闇は、桜彩に語っても呼びかけてくれなくて、少しずつ絶望して行ったのではないだろうか。
助けを呼ばれても、桜彩にはそんな力は無くて。桜彩は、葵が苦しむところを見ることしか出来なくて。心苦しくても、自分には何も出来ない。
だから自分に憑いたのではないだろうか。隔たりも無く、聞こえ視える自分に———————。
ふと、通康の体に憑いた桜彩が足を止めた。
「どうしたの?」
汐音が聞くと、桜彩は蒼白の顔色だった。
「・・・来る」
「え?」
すると安成ともののけさんも足を止めた。二人とも、顔色が悪い。
もののけさんが声を荒げた。
「まずい!ここから離れるぞ!」
そう言って、もののけさんはブサ兎から巨大な狼のような姿になって、汐音と通康の体を自分の背に乗せた。それとほぼ同時に、辺りが眩しく光った。
「うわッ・・・!」
汐音は思わず瞼を閉じた。だが、その後は何も無かった。一体何だ、と思い、瞼を開けた。
開けた途端、見た光景に汐音は呆然とした。
「な、何これ・・・」
今さっきまでは青々と萌えていた草木でいっぱいだった。
それなのに、全てが枯れている。
草も、木も。そこに居た兎も憐れなことに、白骨となっていた。
「・・・フム、瘴気のようだな。恐らくその葵という悪霊の仕業だろう。中々強い悪霊のようだ」
「ヒドイ・・・。あれ、鶴姫たちは!?」
「ああ、あやつらは大丈夫だろう。ホレ、そこに」
もののけさんが指した先には、鶴姫たちは普通にそこに居た。鶴姫たちは汐音たちの存在に気づけたようで、手を振るとそのまま桜の元へ走った。
「どうやら、結界を張ってまぬがれたようだ」
「良かった・・・」
汐音は安心して、ほお、と息をついた。
「————葵は」
「え?」
枯れた木々を見ながら、桜彩は語った。
「実は、葵とは死んだ後も会っているんです。幽霊になった彼女は、僕の姿を見ることが出来た。喋ることも出来た。触ることも出来た。
彼女は幽霊となっても、優しかった。一緒に話したり、一緒にご飯を食べたり、桜が咲くと何時も幹の下で喋っていました。
凄く、嬉しかった。凄く、楽しかった。ずっと、一緒に居たいと思った。一人じゃない、寂しく無いからずっと一緒に居たいって思っていた」
けれど、桜彩の時間と葵の時間はあまりにも違い過ぎた。
桜彩にとってはあっという間の楽しい時間でも、葵にとっては悲しくて、辛い膨大な時間だった。
「・・・僕は、本当はあの時葵を成仏させるべきだった。でも、僕はずっと居たいと望んでしまった。それが、葵を苦しませてしまった・・・。
もう、僕に葵を助ける力は無い。そして、もう誰がどうやっても葵を成仏させることは不可能。でも、葵をあんな風にさせてしまったのは僕のせいだ」
ならばせめて、どんな手を使っても葵を成仏させる。
そう決めた。
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 『歌詩募集中!』 ( No.58 )
- 日時: 2011/09/12 16:16
- 名前: 火矢 八重 (ID: 6DNfJ1VU)
「だから・・・葵にあったら僕ごと消滅させてください」
その言葉に、汐音は目を開いた。
「僕の本体はあの桜の木。そして、葵はあの桜の木の下に埋められた。ならば、木を燃やせば全て消滅する。僕はあの木の精霊だから、自分で火を放つことは出来ない。だから第三者である貴方達にそれを任せたいのです」
——————そうすれば、葵も自分も消える。
「それはだめ!」汐音は声を荒げた。
「消滅してしまったら、それは葵を救うことにはならない!」
成仏と消滅は違う。成仏はあるべき場所に戻り、また転生し新たな人生を歩むのだ。
だが、消滅はあるべき場所には戻らず、『無』に行く。『無』とはすなわり『地獄』であり、彼女はずっと炎の責め苦に焼かれる。
それは、今以上に辛い事。
それは、救うとは程遠いこと。
「そんな場所に、貴方は葵をひとりぼっちにさせるの!?」
汐音は判る。
悪霊になった葵は助けてと呼んでいるのだ。自分じゃどうにも出来ないから、助けてと。
もがいて足掻いて。祈って、願って。何度も何度も叫んで。
それが何度も裏目にでても、葵は助けを呼んでいるのだ。
そんな無限に続く苦しみを、幼きながらも汐音は身を持って知っている。
自分も同じ苦しみを蝕んでいるからこそ、判る。
汐音の言葉に、桜彩ははっきりと言った。
「葵だけ地獄には行かせません。僕も、行きます」
桜彩は、枯れた木々から汐音の方へ向いた。
銀色の髪が揺れ、赤い瞳は真っすぐに汐音の方へ向く。
桜彩は、笑っていた。
「だって、もう疲れてしまったんです」
自分は優しく無いから、と桜彩は言った。
自分は葵を救うことすらも出来なかった。
せめてものあのご飯の恩返しも出来なかった。
葵が自分にくれた優しさのように、葵にあげる優しさも無かった。
今もどうすれば葵を救えたかなんて判らない。過ぎ去ってしまった時間を再び考え直しても、どうすれば葵を救えたのか判らないのだ。
そして、どうすれば自分が『傍に居たい』という気持ちを失くせたのか、それも判らないのだ————————。
汐音は絶句した。——————この人には、この妖には、自分の、葵の言葉が届いていない。
この人は自分を責め続けているだけだ。責めて、謝って、それで全てを終わらせようとしている。
責めることが償いじゃない。謝ることだけが償いじゃない。それは、同じように繰り返してしまうだけだ。
葵は—————葵は、誰のせいにしようとは思っていないんだ。なのに、この人は全て自分のせいだと思いこんでる。
どうすれば、この人に自分の言葉が伝わる。どうすれば、葵の言葉が伝わる—————?
- Re: 大三島の風から—妖と海賊の物語— 『第二章更新中』 ( No.59 )
- 日時: 2011/09/12 18:58
- 名前: 火矢 八重 (ID: 6DNfJ1VU)
汐音が悩んでいると、
『桜彩』
通康の声が聞こえた。口からでる声じゃない。頭に直接響く言葉だ。
「通康!?」
「通康様!?」
「通康あのね、桜彩がッ・・・」
言いかける寸前、ハッと、汐音は気づいた。
この人は—————桜彩に、何かを言おうとしている。自分じゃ伝わらなかった言葉を、この人は伝えようとしている。
余計なひと言は入れない方がいいと判断した汐音は、黙って見守ることにした。
『桜彩、お前は間違っているよ』
少し低い声で、通康は言った。
『確かに、葵が悪霊になったのは桜彩のせいかもしれない。でも、君がそれに責任を感じるんなら、————葵が望んでいることをやるべきだ。』
「でも————」
『君が言っているのは罪滅ぼしでも償いでもない。葵はただ、助けを君に呼んでいるんだ』
そっちの方が立派に償いになるんじゃないか?
通康の言葉に、桜彩は俯いた。
「————でも、僕は何も出来ない。葵を傷つけてしまうだけだ」
『それも違う』
桜彩の言葉に、はっきりと通康は言った。
『葵は、誰のせいにすることを望んでいるんじゃ無く、誰が責任を取る事を望んでいるんじゃない。————君に、助けてもらうことを望んでいるんだ。
なあ、桜彩。君が葵に助けられたように、葵も君に助けられていたんだよ』
だって、そうじゃなきゃあんなふうには泣かない。
あんなに笑いながら、泣かない。
「優しい、暖かい」って、幹に寄りかからない———————。
「——————でも、どうすれば・・・!」
「出来るかもしれない」
汐音の言葉に、桜彩は顔を上げた。
「え?」
「まだ判らないけれど。貴方の力があれば、葵を成仏させることが出来るかもしれない」
汐音はキッと、顔つきを変えた。
その顔つきは九歳の女の子とは思えない気高さ————まるで、神のように神々しかった。
—————だって、助けを、呼んでいる。
私は祓いの知識なんてこれっぽちも無いけれど。
きっと、何か出来る。
私だって、何か出来る。
そう言うと、汐音はもののけさんの背から降りた。
ちなみにもののけさんは空を浮いている。地面からの高さは現在で言う十メートル弱。その高さから無事に飛び降りることが出来たのだから、流石である。
「うおい!?おい、どうするんだ!」
もののけさんが慌てて聞く。
「着替えと準備!鶴姫にも連絡して!『“唄”を詠うから、奏でて欲しい』って!」
そう言い残すと、汐音は走った。