複雑・ファジー小説

第一章 ( No.10 )
日時: 2011/09/21 20:46
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/



少女はカーテンを開けてその勢いで窓も開ける。じめじめしていた部屋に自然の綺麗な空気が流れ込む。息を思いきり吸い込めばカラッとした美味しい味がする。二日ぶりに浴びる日差しが翡翠色の目にとめどなく差し込み、眩しそうに目を細める。

 欠伸をしながら寝巻の淡いピンク色のジャージを脱ぐ。クリーム色に近いニーソを足の指先から通していく。そして黒いショートパンツを履き薄水色の生地のTシャツに袖を通し、その上にまた黒いコートを羽織る。この年頃の女の子にしてはシンプルで飾り気のないスタイルだったが、彼女の顔立ちが良いためかとても似合って見えた。
 長くカスタードクリーム色に近い髪を頭の後ろの高い位置で一つに束ねる。風が少し吹き付ける度にサラサラとなびいていた。
 そして右肩に長剣を当たり前の様に掛ける。

 ——今日これから私、神風楓は騎士として主様をお守りします——

 楓は心の中で誓いを立てながら部屋のドアを勢いよく押した。しかしそれと同時に過去の記憶が思い出される。


——


 時は今から八年前。


「お母様、行ってきます!!」

 幼い楓の甲高い弾んだ声が玄関一帯に響く。白いレースがふんだんにあしらわれたワンピースがその声と楓の容姿に合っていた。可愛らしい声が耳に届いたらしく奥の部屋からばたばたと足音が聞こえてきた。楓の母親らしき人がオレンジ色のエプロンでせわしなく手を拭きながら小走りにやって来た。
 そして楓の目の前に立つと微笑みながら楓の頭に手を置いた。

「気をつけてね、いってらっしゃい」

 楓はその言葉と母親の表情に笑いながら素直にこくんと頷いた。楓は今年で七歳になる。そして七歳という年齢はこの国では重要な節目でもあった。運命を決める大切な日……
 “主”又は“騎士”になるのかを決めるのだ。しかし楓の道筋は……運命は決まっていた。楓の家系は代々“主”の一族なのだから。


「お友達、出来るかな?」

 不安と言う言葉からは程遠く期待と言う言葉に胸を弾ませ、中等部へと向かう。
 楓の家からは歩きで十分足らずで着く位置にあった。住宅街を抜け、家の数が極端に減る。緩いカーブに差し掛かり、そこを過ぎる。ぎこちないにスキップをしていると目の前に驚きの光景が広がった。それはいたって普通の光景だったが幼い楓にとっては珍しかったのだ。

「……うわっ、人がいっぱい」

 遠目だったがそこには楓と同じ年頃の男の子や女の子が沢山いた。しかしそこには二種類の子供がいた。動きやすそうな質素な服を着た子。もう一種類は動きにくそうで派手な装飾品がついた服を着た子……楓もその一人だったが。しかしそんなことは楓にとって関係などなかった。“大人”と違い子供は純粋なのだから。

「……私も掲示板、見に行かなきゃ。何処のクラスかな?」

 ワンピースで動きにくいのにも関わらず小走りで駆け寄る。しかし走りづらく距離もそれなりにあったため、小等部へと着いた時には歩いていた。
 人の数は変わらないようでがやがやと喋り声でうるさかった。

「み、見えない……」

 楓の落胆した声はあっという間に雑音に掻き消された。楓は小柄な為、目の前は背の高い人の頭しか見えなかった。しばらく考えるように俯いていた。何かが思い付いたらしく、しゃがみ込む。そして小柄な体型を活かして人の間をかい潜る。

「えっと、6824は……」

 楓は自分の持っている紙切れの番号と掲示板の番号を照らし合わせ、ドキドキした気持ちを抑えながら1から目で追い、遂に6823まで照らし合わせ終わったときだった……
 起こり得ない事が起こっていた。

「な、何で……ない」

 そこには楓の番号が無かったのだ……


——


 そこまでの記憶が鮮明に、走馬灯の様に楓の頭を駆け巡った。楓の息は上がり、肩を大きく上下させる。目をギュッと閉じ、心拍数の上がった心臓を落ち着かせようと試みる。右手を心臓に翳す。

 そして楓は自分自身に言い聞かせる。



——過去に捕われるな——