複雑・ファジー小説

第一章 ( No.12 )
日時: 2011/10/30 22:13
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5D6s74K6)
参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/



楓は次第に落ち着き、周りをゆっくりと見渡す。辺りには小さい池と大きな木、そして緑が豊かに広がっている。耳をそばだてれば、小鳥の囀りが心地好く聴こえてくる。楓は木陰の下に佇みながら、この場所はまるで楽園の様だと考えていた。

「空気が澄んでる。こんなに綺麗な所があったなんて、知らなかった」

 楓は胸に手を置き、深呼吸をする。そして、笑顔でクルクルと色鮮やかな景色を見渡す。少しだけ吹っ切れたような仕種と表情。

 すると楓の表情はハッとした様なものへと移り変わり、また駆け出す。

「どうしよう……遅刻しちゃう。今日はマスターと初面会なのに」

 楓が急いでる理由は、大事な出来事が有るためだ。それは、騎士と主のパートナーの組み合わせが分かる、運命的な日。人生で一番大切な日と言っても大袈裟でも過言でもないかもしれない。

「後、二十分で発表されちゃう。……間に合うかな?」

 楓はチラッと左腕にした時計を見て、スピードを上げ、より一層速く走る。辺りは先程とは打って変わり、家が等間隔にたくさん建ち並んでいた。茶色い屋根で白い外壁、オレンジ色の屋根で薄い黄色の外壁と様々な家が建っていた。その他には小さな飲食店やこじんまりとした雑貨屋、流行りものが取り入れられた服屋などが家の合間合間に、建たずんでいた。田舎ではないが都会過ぎない場所だった。

 早朝からこの辺りを駆け抜ける者は楓を除いては、誰一人としていなかった。建物の僅かな隙間でもスピードを落とさない。まるで建物が楓を避けているようにもとらえられる。
 周りの景色から建物が減って行く。そして道が開けてくる。

 そして楓の視界に真っ先に入ったのは……“あの”学校だった。辛く、思い出したくない記憶が眠っているのとは対象的に、沢山の事を学んだ地でもある。そのため楓の心境は複雑だった。丘の様な場所から学校を見つめる楓の顔は眉が中央に皺より、険しかった。


「行かなきゃだよね。私はあの時に誓ったもんね」

 五月晴れした青空を見上げ、表情を緩やかにする。そして誰もいないのに、誰かがそこにいるかのように語りかける。


 楓は軽快に丘から学校へと続く道に降りていく。道に降り立つと沢山の人だかりが出来ていた。そこには楓の様に身軽な服でいる者、そうでない者は“あの時”の楓の様にきっちりした服に身を包んでいる者のどちらかだった。

 そこにいる人達は皆、笑顔で友達同士で話している。それは主も騎士も関係なく。しかし、それも今日で終わりに過ぎない。あの笑顔の仮面の下は涙でいっぱいのはずなのに。……何故人は寄り一層辛くなると知りながらも、少しでも長く一緒にいることを選んでしまうのだろうか。


「私は寂しいな。逢いたいよ…………お父様。私の居場所は見つかるんでしょうか?」

 楓の周りには誰もいない。しかし数人の者達は楓を見て驚いた様に、そしてはしゃぎながらひそひそと話し出す。

「ねぇねぇ……あの子ってもしかして神風楓様かな? 眼帯で肩に長剣かけてるけど……多分そうだよ。かっこいいね」

 騎士とおぼしき女の子は、隣にいる主だろう女の子に耳打ちをする。その表情は明るく花咲いていた。

「……本当だ!! かっこいい。どうせならあの子に騎士やってもらいたいなぁ」

 通り過ぎた瞬間、そんな言葉が楓に舞い込んできた。一瞬だけ驚いたように楓は目を見開く。
 その反応とは真逆に、騎士の女の子は見る見る内に顔色を曇らせる。

「えっ……酷いなぁ。私が騎士になるって約束したのに」

「冗談だよ。私の騎士はきっと『        』だよ」


 そんな会話がふわりと楓の耳を掠めていった。二人の笑い声がどんどん前へと、遠退いて行った。楓はその主と騎士の後ろ姿を哀れむ様な目で見ていた。