複雑・ファジー小説
- 第一章 ( No.13 )
- 日時: 2011/11/22 13:18
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5YBzL49o)
- 参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/
楓は周りの者達が走り出すのには見向きもせず、ゆっくりと確実に一歩ずつ歩いていく。しかしその足取りは重たく見える。
「急いでも結果は変わらないのに。私に“大切な人”がいたら少しは違ったの?」
独り言の様にボソッと言葉をもらす。ぼんやりと歩いていた楓もようやく、大きな三つの塔が目に入る。主に茶色と白を基調とし、派手ではないが威圧感を放っていた。それは空から見るとだ円形で、三つを対角線上に結ぶと正三角形が出来る。そのそびえ立っているその建物こそが“学校”だった。
「……あたしの主は『 』様かぁ。どんな人なんだろ?」
「うちの騎士は『 』だって。カッコイイ人だと良いなっ」
楓の耳にも掲示板を見たらしき人達の、賑やかな高めの声と会話が無意識の内に運ばれてくる。
それは楓からしてみれば哀れな行為としてしか、写らなかったが。
「……あの子達も、友達ごっこは今日まで。この国は誰に対しても平等に優しくない」
楓は伏せていた瞳を上げ、仲良さそうに話している全ての主と騎士を、揺らぎ、うろたえる瞳にくっきりと写す。楓には見えていた。“今゛は仲良さそうにしている者達がやがて、お互いを氷のような瞳で睨みつけながら主は騎士に命令を下し、騎士は主の命令を忠実に守りながら、傷付けあう姿を。しかし、その者達のその“偽り”の仮面を外せば、その下では苦しんでいて、泣き叫み、拒む“事実”の表情がある事も彼女には分かっていた。
だからこそ楓は辛く、自分の無力さが後ろめたかった。知っているのに何一つ出来ない事が。
「私の主は誰だろう? 私もその方の命令で“誰か”を……ここにいる者達を傷付けるのかな」
楓は歩みを止める事なく、迷わずに人がごった返している大きな掲示板へと向かう。
楓はこの場所に来るとあの時の記憶が鮮明に蘇る。小さく幼かった楓が背負ってしまった過酷な運命は、全てここから始まったのだから。楓は掲示板のど真ん中へ来ると、また抗うことが出来ずに過去に引きずり込まれるのだった。
——
「……何で!? 何で楓の番号ないの!! お母様はここに来れば絶対にあるって言ってたのに」
小さい声で泣く楓を周りの子達はきょとんとした顔で見つめていた。しかし後ろ髪を引かれるようにしながらも、自分の行くべき場所へと向かって行ってしまう。次第に一人、二人と人はいなくなり残されたのは楓だけになった……はずだった。
「皆、皆いなくなっちゃったよぉ。楓どうしたらいいか分からないよ、誰か助けて」
か細い声で楓は救いを求める。誰もいないその場ではただの戯れ事として消えていく。いつしか地べたにしゃがみ込んでしまっていた。
「君も番号がないの?」
楓の頭の上から降ってきたのは優しさを帯び、そして少し大人びた声だった。繊細な藍色の瞳で楓の泣き顔を写す。そして首を傾げ微笑んで見せた。
「うん、ないの。私は神風楓。貴方は?」
楓は泣いている姿を見られるのが恥ずかしかったのか、目を擦り少しだけ笑いながら優しそうな少年に問う。
「僕もだから安心して。それと僕の名前は『 』。さぁ、立ち上がって一緒に探そう」
少年は腰を少し屈め、楓にスラッと白い手を差し出す。少年のサラサラなブラウンの髪が少し動くたびになびく。楓は頬を赤く染め、恥ずかしがりながらも少年の手に自分の手を重ねる。
太陽の光りを背にして楓の手をを掴む。それは楓にとって闇から導いてくれる光そのものだった。
「ありがとう『 』君……」
楓は立ち上がり少年と共に満面の笑みを広げ、手を離さないままゆっくりと歩き出すのだった。
——