複雑・ファジー小説
- 第一章 ( No.14 )
- 日時: 2012/02/17 22:04
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: HSijQ0Up)
- 参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/
楓はそこまでの記憶を振り返り、少しだけ頬を赤く染めながらハァッと白い息を吐く。今振り返って見れば、楓にとってはあれが“初恋”だった。しかしその後は結局、それぞれの担任の先生が息を切らしながら楓と少年に駆け寄って、別々の棟の教室に連れてかれてしまった。見た目は変わらないが、楓と少年はお互い反対の棟へと導かれていった。
それからも楓は諦めず、少年を探したが見つかる事は決してなかった。でも会えなくて良かったのかもしれない……楓にとっては少年ともう一度出会う事だけが、人生の全てにおいて生き甲斐に、生きる理由になっていたのだから。
「あの少年はあの時、こっちの棟に連れていかれたから“主”になったんだよね……」
楓は掲示板の後ろにある大きな棟に視線を写す。ここは騎士の者達が八年間学んだ場所。そして楓は反対側にある棟へと向き合うために、体を曲げる。楓の長く伸びた髪がフワリと揺らぐ。その棟と反対側に建っているのが一見なんの違いもない主の棟だった。そして楓は騎士の棟で辛い八年間を過ごしたのだった。
——
「もう……楓ちゃんはこっちの棟なんだから、って言っても、まだ七歳なんだし掲示板どっち見たら良いかなんて分からないわよね。はじめまして、担任の峰昌小百合です」
楓を咎めようとするものの、大人の女性特有の優しい声色だった。スラリとした背の高い先生は顔を楓の方に下げ、目を細め口角を上げながら大人の笑みをこぼす。薄いピンク色のスーツが綺麗に整った顔立ちをふんわりと柔らかくする。
「でも楓は……えっと、主の一族だからこっちの棟じゃなくてあっちの棟のはずなんです」
楓は小百合の問いには答えず、困った様に今にも泣きそうな顔をして先生に訴えかける。楓が連れて来られたのは、いたって普通の廊下だった。しかしその廊下は板が張り巡らされただけで、天井にある電球はチカチカとしていて、今にも切れてしまいそうだった。それは楓にしてみたら“ありえない゛環境だった。
「……何を言ってるの楓ちゃん? 貴方は“騎士”になるのよ」
小百合は笑みを消し、少し驚いた様に顔を引き攣らせながら声を小さく上げる。そして楓の横から前に踊り出ると顔を合わせるために、廊下の中央で膝をつき、楓の肩に両手をそえる。
「違うんです。楓は、楓は今まで主になるために頑張ったんです。辛い事も主の一族の誇りを汚さないために頑張ったんです。なのに何で、何でなんですか!!」
我慢の限界を超えたのか、目の端に溜まっていた涙が零れだす。必至に訴えた楓は何で何でと、涙声で呟くばかりだった。何かありそうだと、この時ばかりは小百合も少し疑問に思ったらしく楓に尋ねる。
「楓ちゃんは確か、名字『神風』だったわよね?」
「……はい、そうですけど」
「神風……どこかで聞いた覚えがあるわね」
小百合は頭に手を当てて、過去の記憶を引っ張り出す。蘇る記憶は確かなものなのかは分からないが……
「まさか、ね……楓ちゃん、先生と一緒にこの学校で一番偉い人に会いに行こう?」
「えっ? ……分かりました」
楓は誰に会うのか何となく分かったらしく顔に戸惑った表情を浮かべている。小百合は立ち上がり、素早く楓のか細い腕を掴むと、今きた道を戻って行った。向かった先は豪勢な“主”の棟だった。
さっきまでいた質素な棟と比べると、明らかに違った。廊下にはカーペットが敷いてあり、所々に電球も明かりを放ち、花をモチーフにした電球カバーで寄り一層、豪勢感が漂っている。そこには楽しそうに会話をしている、楓と似たキッチリとしたワンピースやスーツに身を包んでいる子しかいなかった。
そしてそんな子供達の間を、楓は後ろ髪を引かれながらも少し大きくて白い手に従って歩いて行った。