複雑・ファジー小説
- 第一章 ( No.15 )
- 日時: 2012/04/07 17:25
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: myCH3bJe)
- 参照: 凄く久々…
「ねぇ、小百合先生。楓は“ここ”に来れるんですか?」
楓は顔を今しがたすれ違った子供たちの後ろ姿に向けたまま、ぼんやりとした口調と表情で弱々しく問う。小百合は、はっとした様な顔をして何かを言おうとしたがそこから出たのは吐息だけで、口を継ぐんでしまう。
「先生? 違うんですか?」
そして二人の歩み一歩ずつ遅くなり、止まる。楓は小百合に不安そうな顔で詰め寄る。さっきまで小百合に半歩遅れて歩いていた楓の右手は小百合の手から離れて小百合の服の裾を握りしめていた。気付いた時には、既にくしゃっと皺がよっていた。
これ以上は無理だと判断したのか、七歳の少女に正直に話す。
「……まだ分からないの」
小百合は整った顔立ちが険しいまま、少しトーンを下げた声で楓の真っすぐな問いに答えた。確実にどちらとは言えない理由がそこには埋まっているから。
「そうですよね。変な事を聞いちゃってごめんなさい」
楓は照れ臭そうに微笑みながら小百合の言葉をこれまた真に受ける。初めて楓の笑みを見た小百合は少し驚きながらも、顔色一つ変えることなくあくまで冷静さを保っていた。これは心からの笑みではないのだと。
小百合は歩みをぴたりと止める。半歩遅れて楓も小百合の隣で歩みを止め、横にいる小百合の顔を、体を少し傾けて覗き込む。
「分かってると思うけれど……ここが学校で“一番偉い人”の部屋よ。緊張せずになるべく自然体でね」
楓にそう言う小百合だったが楓の手を握る力が強くなり、汗ばんでいる。緊張しているのだと楓は幼いにも関わらず感じとってしまっていた。
「騎士の棟のAー1担当の峰昌小百合です。ある話しがあって来ました」
ノックをとんとんとリズミカルにする。喉の奥底から搾り出した様な小百合の高い声はわずかにだが、震えていた。
「小百合先生? 一体何の様だい? まぁいい、入りなさい」
穏やかそうな若い優しそうな男の人の声が、一枚のドアを挟んで聞こえてくる。楓は小百合の少し緩んだ表情を見てホッとする。
「翼校長……失礼致します」
少し重そうに小百合は一歩を踏み出す。楓も半歩遅れて小百合の手に引かれ、導かれるように部屋に入る。その部屋は一言で言えば“神聖な場所”だった。入ったとたんに広がるのは赤茶色の絨毯、壁の上の方には歴代の校長と思われる写真が数々飾ってあった。天井にはシャンデリアがあり窓はステンドグラス、そこから入り込む光が校長と思しき人物を神々しく照らしていた。
「よく来たね、可愛い生徒さんだ。それで? 小百合くんはこの子に関する話しがあるんだろ?」
翼はいたって穏やかな口調だったが既に話しの内容は感づかれていた。楓を見つめる漆黒の瞳が怪しく光る。楓は自身の中で思い起こしていた“校長先生”とは違かったらしく、きょとんとした表情を広げる。
「この子……あの“神風家”の一族の子らしいですが、何故“騎士”の棟に入学許可を? 何をお考え何ですか?」
小百合は語尾を強める。ブラウンの瞳は決して揺らがず翼をしっかり捕らえていた。
「なるほど。神風家の子だったのか。どうりで主の服を着てると思ったよ。手違いで騎士の棟の入学許可を出してしまったみたいだ」
眉を下げながら困った様な表情をする。しかしそれは全て、小百合にはお見通しずみだった。それが吉とでるか凶とでるかまでは分からなかったが。楓は納得したような表情をするが、小百合は瞳を陰らせ強気にでる。
「では、この子に“主”の棟の入学許可を渡して下さい」
「それは無理なお願いだ」
小百合が言って数秒も経たない内に翼は絶望的な言葉をぴしゃりと浴びせる。その言葉を予想していたとは言え、やはり言い捨てられると憤りが隠せなかった。
「やはり……あの決まりは翼校長の権限でさえも変えられませんか」
小百合は分かっていたかの様に諦めたトーンの声で答える。楓は何があったのか理解出来ないのか、呆然としている。
「下がりなさい。授業が始まります、生徒も待ってます」
小百合は軽く頭を下げ、楓の手をそっと握りドアへと向かって行った。
「失礼しました」
小百合は楓にお辞儀を促す。楓は不安で怯えた表情の間々お辞儀をし、小百合に手を引かれ出て行った。
ドアがゆっくりと閉まったあと、翼はどっと深いため息をつき
両肘をシックで豪勢な机につく。
「あちらの世界で何か起こりましたね」
立ち上がり窓に近づく。最後に意味深な言葉を残し、太陽の光が差し込んでくるステンドガラスを指でなぞっていた。
翼の足元は、ステンドグラスの淡い光で包まれていた。