複雑・ファジー小説
- Re: 女神と二人の契約者 truth and lie ( No.20 )
- 日時: 2012/09/08 11:15
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: vSAcFdge)
「……ジュピター様、やはり“あの現象”はヴィーナス様の仕業のようです」
はっきりとした声がこだまする。だだっ広く開けた大広間の一番奥。王座に踏ん反り返って座るジュピターに、片膝をつき、頭を深々と下げている人物がいる。
この場所は地上の民に“天界”と呼ばれる場所。地界のモノには天国と呼ばれる麗しい世界。神と天使だけが優雅に住む国。その空間は清潔で、争い事などここ何百年も起きていなかった。しかし、この度ヴィーナス“女神”が起こしてはならない禁忌を犯した疑惑がもたれたのだ。しかも今やたら問題が多い『日本国』の。
「そうか……やはりお前が八年前に見た者に間違いはなかったようだな。マーキュリー、引き続き地上界で“奴ら”を見張れ。片時も目を離してはならないぞ。あやつらが地上界に与える影響は未知だからな」
ジュピターはうなだれながら神々の“使いの神”に命令を下す。しかし、マーキュリーは顔を上げると、目を伏せがちに一つの疑問を投げ掛ける。その表情には少しの迷いが見えた。
「ジュピター様……ヴィーナス様の処分はどうするのですか?」
マーキュリーは自分が触れてはいけない事だと分かりながらも、聞かずにはいられなかった。マーキュリーにとってヴィーナスは一番大切な人だったからだ。しかしそれは過去の話。今は裏切り者でしかない。それでも割り切れず、心が引き裂かれるような感覚に陥る。
「それは後に考える。それよりも今は地上界だ。このままでは『日本国』は滅びる……いや、地上界全てが消失するかもしれん」
ジュピターはもうそれ以上多くを語ろうとはしなかった。それでも食らいつこうと息を吸い、口を開きかける。しかし何かを感じ取ったように見つめる、否、睨みつける視線に気づく。歯がギシッと鈍い音をたてた。マーキュリーは諦め、最後に一言。
「ジュピター様でも一度書き換えられた未来は直せないのですか。日本国はもはやコントロールは不可能だと」
マーキュリーは念を押すように言うと立ち上がる。右手を左肩にあて、一礼をしてその場を立ち去った。そのあと、ジュピターが拳を強く握りしめ震わせたのは言うまでもない。
外に出れば中にいた天使の護衛もなく、緊張の糸も簡単に切れた。マーキュリーはゆっくりと振り返る。ジュピター達、神が住んでいる硝子の豪邸は内装にはもちろん、外見にも色とりどりの宝石の装飾が施されていた。マーキュリーが馴れないのは自分がーー神々の使いの神ーー神の配下につく神だからだと思っていた。神だったら普通は地上界に行くなんて有り得ない。地上界には危険しかないと天界では語り継がれているからだ。
「図に乗りやがって。……俺だって神なのに」
唇を尖んがらせながら周りで騒いでる天使達に聞こえないように愚痴を言う。告げ口をされたらたまったもんじゃない。そしてまた地上界に行く準備をするために、自分の家へと歩みを進める。
家に帰る途中に幾人かの天使とすれ違ったがこちらに気づいたようで、微笑みながらお辞儀をしてくれたので、いくらか気分が落ち着いた。
緑が覆い茂る森を歩けば小鳥の囀りがあちこちから聞こえてくる。森を抜ければ一つの小さく、質素な家が見えてくる。屋根は赤く壁は茶色、地上界にもありそうな家だ。マーキュリーは迷う事なく中に入っていく。
中も相変わらず質素だったが、鏡の前に置いてある宝石がきらびやかに光っていた。マーキュリーはゆっくりと鏡に寄って行く。そして側に掛けてあった地上界の黒いスーツに着替える。マーキュリーが今まで着ていた服は、それとは違うオーラを放っていた。
「早いとこ行くか……小百合さんが困っているかもしれない」
ストライプ柄のネクタイをきゅっと締める。それを合図のように意味の分からない呪文を唱えると、鏡の中に吸い込まれるように入って行った。
しばらくの間、鏡は眩しい光を放っていたが、次期に萎むように光は消えていった。
この時の選択が先の未来を決めてしまったことは誰も知らない。神でさえも。