複雑・ファジー小説
- Re: ■菌糸の教室■ ( No.17 )
- 日時: 2011/10/09 23:06
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: gb3QXpQ1)
………どうして。
顔を覆っていた両手を、ゆっくりと離しながらくみは気が付いた。……どうして、私はここに居るの?
閉じ込められるのが嫌なら、久美の陰が嫌なら、ここから抜け出せばいいじゃない!
「そうよ。何て私は馬鹿だったのかな。鍵は内側から閉まっているのよ。」
思い立った後は早かった。すぐに台所から持ってきた大きなハサミを右手に、鏡の前にすっと立つ。いつも無表情だった自分の顔が、今までにない表情をしていた。久美とは違う、私だけの、くみとしてだけの、顔。
「こんな長い髪は嫌。きっとあっても邪魔だ。」鏡の中の自分に話しかけながら、ざくざくとハサミを髪の間に滑らせる。15年間伸ばしつづけた、重たい、呪われた枷のような髪の毛なんてもう要らない。
肩より少し長いくらいで、ハサミを止める。生まれて初めて髪を切った。頭がふわっ、として軽かった。こっちの方が似合ってるし、かわいいだろうと思った。
さてと。後は何をしよう。何もすることがないなぁ。
とりあえず、ここから出ていくのならお金が必要だと思った。ひきだしの上から二番目を乱暴に開けてみると、ちょうどいい具合に通帳と、諭吉さんが五人ほど居た。通帳は銀行とかパスワードとか分からないし……でも、五万円もあればどうにかなるかな。
あとは夜冷え込むと悪いから、大きなベージュのコート。玄関に掛けてあった久美のやつだけど、この際拝借してしまおう。
そんな感じで、身支度は順調に進んでいった。きみどり色のリュックサックはもうぱんぱんで、これ以上は入らなさそうだった。
さぁ、出発だ。
……と、重大なことに気が付いた。服だ。服をどうしよう。
今の恰好はタンパンにキャミソールだけ。こんな恰好じゃみっともないじゃないか。
けれど、私は自分の服を持っていない。誰も買ってくれなかったから。何年も前の服ならあるけれど、とても小さくて着れたものではないし。
どうしよう。どうしよう。
久美の部屋に行けば、きっと可愛い服が沢山ある。けれど、怖くてそんなことできない。久美の部屋の前を通るだけでも鳥肌が立つ。
踏ん張って久美の部屋のドアノブに手をかけてみたが、駄目だった。どうしてこんなに怖いのか自分でも分からないのだが、怖くて怖くて、冷や汗が出て、とてもドアノブを回すなんてこと、できそうにない。私には、無理だ。
どうしよう。
困り果てて、私はいつの間にか隣の物置部屋でうずくまっていた。こんなところで、くじけるとは思いもしなかった。ガラクタに囲まれて、きっと私はしばらくここから出れない。
その時、視界の端に白いセーラー服が見えた。あるじゃないか、いいものが。
中学校の時の制服だ。去年、久美が着ていた。私もたった一回だけ、着たことがある。もう高校に入って、使われなくなったからこんな部屋で放置されていたのかな。
恐る恐る、袖を通してみると、とても柔らかかった。制服ってこんなに柔らかいものだったっけ?
白い生地に、赤いスカーフ。シンプルなデザインだったが、私には十分だった。十分に、嬉しかった。
スカートも何回か折って、短くしてみた。足は細い自信はある。これぐらい見せても誰も気分を害さないだろう。
靴下は……さすがに見当たらない。まぁしょうがないか。
とても気分がよくて、なんだかよくわからない鼻歌を歌いながら、さっき髪の毛を切った鏡の前に立ってみた。
肩より少し長い栗色のセミロングに、少し丈の短いスカートとセーラー服。
そこには、完璧に生まれ変わった〝くみ〟が居た。今までのような誰かの陰ではない。一人の人間として完全に独立した、個人としての人格を持った、くみ。
春の新芽にも似た、きみどり色のリュックを背負う。少し重たいけれど、こんなのなんでもない。きっとこれは希望という重み。
さぁ、私はここから出るのだ ———————————————————