複雑・ファジー小説

Re: ■菌糸の教室■ ( No.18 )
日時: 2011/10/11 23:16
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: gb3QXpQ1)

「あれ、柚木?」

夕方。
百貨店街でさんざん遊んだ私は、駅に居た。
都会に行ってみようと思ったのだ。ここよりもっと都会。もっと華やかで、煌びやかな所。

けれど数年ぶりに使う電車だったものだから、どこのホームでどの電車に乗ればいいのか全く分からなくなってしまった。きっと駅員さんに聞けば分かるのだろうけど、駅員さんがどの人なのかも見当がつかない。
そんな感じでウロウロしていると、突然、制服を着た同じくらいの年齢の男の子二人組が話しかけてきた。

「あれ、柚木?」茶髪の方の人が、私の苗字を呼ぶ。
「え………」驚いて振り向くと、心外そうにあちらも驚いていた。

「あ、いや。すいません。人違いでした。」ペコッとお辞儀をして、恥ずかしそうに笑う。そのまま立ち去りそうになった背中を、何故か私は呼び止めてしまった。

「待って……。えっと、あの……」けれど、言葉が続かない。馬鹿、馬鹿くみ。
「どうかされました?……もしかして電車分からないとか?」今度は茶髪じゃない方の、少し色黒な人が喋った。
「……はい。えっと、教えていただきたいんですけど………トウキョウってどちらですか。」
「東京? 東京駅のこと?だったら、上り電車の方。」言いながら、電光掲示板がズラッと並んだあたりを指差した。「……ほら。3番線から57分発車って書いてある。あれに乗ればいいと思いますよ。」
「あ、ありがとうございます…!」

恥ずかしくなって、半ば逃げるような形で3番線ホームへと続く階段を下った。頬が、火照っている気がする。耳たぶが、熱い気がする。
知らない人といきなり会話を交わしてしまった恥ずかしさと、これでやっとトウキョウへ行けるんだという嬉しさが混ざって、なんだか体の芯から熱が出ているようだった。

ずっと夢の世界だったトウキョウ。ずっと行けないと思っていたトウキョウ。トウキョウには、一体どんなものがあるのだろう?


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くみが走って行った方向を、下校中の峰と楓は唖然として眺めていた。
「あの人、本当に柚木じゃないのかな?マジそっくりだったよな。」峰が興味津々な様子で口走った。
「ね、本当にそっくり。でも柚木って前髪あったよね。」しかも心なしか、あんなに色白じゃなかった気がする。

「まぁ……さすがに本人じゃないだろうね。いやしっかし、世の中にはそっくりさんっているんだな〜。俺のそっくりも居るかな。」峰はリュックを背負いなおすと、じゃあな、と言って右のホームへと姿を消していった。




………この時の俺は、
       まさか彼女が、今回の事件に関連しようとは夢にも思っていなかった。


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     ■ 柚木くみさん へ   菌糸の教室より ■

あなたはずっと影でした。 
大きな木に巣食う、小さな木の子でした。

その白く細い可憐な姿はまるでカラカサタケのよう。
内に籠る激しさと、赤く熱い心はまるでベニテングダケのよう。

小さな木の子が大きな世界へと飛び立つ時。
それは自由を求める、小さな木の子よりも、もっともっと小さな小さな胞子の旅立ち。

けれど、
幾千の胞子の中で、無事に笠を広げることのできる者は幾らもいるのでしょうか?
無事に笠を広げたところで、それは本当に自由を得たことになるのでしょうか?




……それでも私は見守りましょう。
        あなたがいつか、きみどり色の、綺麗な笠を広げて大きな輪をつくるまで。