複雑・ファジー小説
- Re: ■菌糸の教室■ ( No.41 )
- 日時: 2012/03/10 14:37
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ODVZkOfW)
●本章●
気の向くままに、足を運んで。
右へ左へ遊ぶように舞って、笑って、一人っきりで、
辿り着いた先は、細くて真っ暗な、ゴミの街。
「疲れたな…」
家を飛び出して、私、くみは“トウキョウ”というところに来た。電車を降りて、駅を出て、そこには目を疑うくらいに大きな建物がいくつもいくつも、果ての無い限りに、まるで大きな森のように広がっていた。
やがて暗くなると、森は光り出した。
赤、青、黄色、みどり。色んな色で光っていて、とても綺麗だった。見上げた空は真っ暗なのに、地上に目を落とせば私の知っている昼よりももっと明るい、夢のような世界が広がっていた。
楽しくなって、交差する道々を右へ左へとてきとうに進んでいった。だんだんと、光の数は少なくなって、行き交う人の数も少なくなっていった。
疲れたな、足が痛いな、
あまり歩いたことのない私の足は、脛の外側がだんだんと耐え難い痛みを訴えてくるようになった。だけど立ち止まってしまうのなんてとても勿体なくて、もう止まりたいと言う足を無理やりに動かして、私は歩き続ける。
最後に辿り着いたところは、行き止まりだった。
灰色の壁と、深緑色の壁に挟まれたその細い道は、壊れた換気扇のカラカラと立てる音以外、何も聞こえなかった。
上を見上げると、この灰色と緑色の壁は、どこまでもどこまでも上へ向かって伸びていた。その先に、切り取られたような、黒い空。
「行き止まりかぁ。」
がっかりと肩を落としたと同時に、ついに足が疲れ切ってしまった。ペタンとゴミの散らばる地面に腰を落として、そのまま居眠りをした。
だって、眠い。こんなに眠くなったのなんて久しぶりだ。冒険の続きだけれど、眠くて眠くて。いいや、ここで眠ってしまおう。
しばらくして、ふと目を覚ますと、雨が降っていた。バケツをひっくり返したような大雨で、冷たい。セーラー服の上に羽織っていたベージュ色のコートは雨でびしょびしょになってしまっていた。
そっか、今は梅雨なのだっけ。
雨に濡れるのは好きではないので、私は急いで立ち上がった。どこか、どこか雨の防げる場所。
ガシャガシャと足元に絡まるゴミの山を踏みつけて、細い道から大きな道へ、そこからもっと大きな道へ、もっともっと大きな道へと進んだ。さっきまで誰ともすれ違合わなかったのに、今回はちょくちょく人が現れる。大抵一人っきりで、何も無いのに笑っていたり、壁にもたれ掛って大きなイビキを掻きながら眠っていたり、急に私の手を握ってきたり。
手を握ってきたその男の人は、聞きなれない変な言葉と発音で、少し笑い零しながら何か私に話しかけてくる。何と喋っているのか、半分も分からない。怪訝に思ってその人の顔を覗いても、周りが真っ暗で全くどんな顔なのだか分からない。迷子なのだろうか。それで、私に道を聞いているのだろうか。
「ごめんなさい、わたし道とか分からないの。」
そう言うと、その男の人は喋るのを止めて、ぐいと乱暴に私の腕を掴むと歩き出した。今まで気が付かなかったけれど、男の人の後ろには、何人か同じような恰好をした人が居た。この人のお友達なのだろうか。
「ねぇ、あの人たちはあなたのお友達なの?」
そう聞くと、周りでどっと笑い声が起こった。笑い声の中で、コイツ馬鹿じゃねぇの、とか、相当キマってんな、とか、途切れ途切れに可笑しそうに話す声が聞こえる。
少し気分が悪くなった。それに、ちょっとこの人たちは怖い。もう離して欲しくて、私は自分の力の限りに掴まれていた腕を解いた。
すると、さっきまでは何とも無かったその人の声が、急に脅すような、怖い声になった。突然に低い声で怒鳴り付けられて、お腹を蹴られた。その人の大きな足でお腹を蹴られて、一瞬痛すぎて吐きそうになった。あまりにも痛くて地面にうずくまっていると、周りで可笑しそうに笑う声が響いた。
笑うなんてひどい。
怒鳴るなんてひどい。
お腹を蹴るなんてひどい。
ひどいひどいひどい。いつの間にか、私は痛くて悲しくて、泣き出してしまった。泣くのなんてみっとも無いし、我慢しなきゃと思うのに、あとからあとから涙は溢れだしてくる。喉の奥から意気地の無い泣き声が途切れ途切れに出てきてしまう。
けれど、またあの男の人は、乱暴に手首を掴んできて、今度は私を引きずるようにして歩き出した。まるで思いやりの無い乱暴さに、手首が千切れてしまいそうなほど痛い。
「やめて、やめて、ひどいったら!もう痛いんだってば!」
どんなにやめてと言っても、全く聞き入れてくれない。逆に、私がやめてと言えば言う程、面白そうに大きな笑い声が起こる。相変わらずに強い力で引っ張ってくる。このまま、この人はどこへ向かうつもりなのだろう。どこへ私を連れて行くつもりなのだろう。
- Re: ■菌糸の教室■ ( No.42 )
- 日時: 2012/03/19 23:13
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ODVZkOfW)
- 参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/123png.html
↑挿絵:悠
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「おい。」
その時、後ろの方から、声が聞こえた。
私を取り囲んでいた人たちは歩みを止めて、声のした方へと向き直る。そこには、フードを被った中背の人影が、壊れた窓から漏れる小さな光に照らし出されていた。雨に濡れて、フードの隙間から見える黒い前髪から水滴がいくつも静かに滴り落ちていた。
どうしてか、私はその時、恐怖を忘れてその人物に見入ってしまった。
フードの影から微かに見える肌は病的なほど白くて、口元は恐ろしいくらいに無表情だ。男なのか、女なのかの区別は付かない。ただ、とてつもなく冷たい人格の持ち主なのだということは雰囲気だけで伝わった。思わず死神を連想してしまうような、暗くて冷たいオーラ。
なのに、なのにこの人には不思議なほど魅力がある。
「前の分だ。」その人は、右手に持っていた黄土色の小さなビニール袋をカサカサと揺らした。
「あぁ…どうもここまでご苦労。」
私を掴んでいた男は、私の腕を他の男にあずけるとその人の方へ歩いて行った。ポケットの中に手を入れて、中から何枚か紙切れを取り出している。
その紙切れを、不愛想に無言で差し出すと、そのフードの人はゆっくりと首を振った。
「いい。替わりにその女、置いてけ。」短く答えると、その人はちらと私の方を見たようだった。
すると男は嬉しそうに下品な擦れた笑いを漏らした。紙切れを元通りにポケットの中へとしまい、こちらへ一瞬だけ振り返ると、向こうの方向へと歩いて行ってしまった。それに続いて、周りに居た人たちも笑いながら汚い言葉を私に向かって吐くと、ぞろぞろと向こうの道へと消えて行った。
「あ……。」
何が起こったのかよく分からなくて、私は地べたに座り込んだまま、えらく間の抜けた声を出してしまった。フードのその人は、そんな私を見て、こちらへゆっくりと近づいてきた。
……雨はだんだんひどくなってきている。
水浸しの路地裏には、小さな人工の光が、一つ。
目の前までやって来ると、座っている私と同じ目線になるまでかがみ込み、気怠そうにフードを脱いだ。暗闇の中で、ぼんやりと見える顔は、女の人の顔だった。私より二つ三つ年上に見える。それから、ふぅ、と口を少し膨らませてため息をつくと、私の目を覗き込んだ。大きな、綺麗な目で、とても美人な人だった。なのに、どこか男の人のような逞しさがあった。
「怪我無いか?」全く心配そうじゃない声でそう私に聞く。びっくりして、とても声が出なかったけれど、私はどうにか頷いた。
その様子を見ると、その人は軽く笑顔を見せた。
「そうかよかった。あんた、名前は?」
「えっと、く……」
「ん、なっつった?く?」
「いえ、」私は少し考えた。どうせならこんな呪われた名前、捨ててしまいたい。「付けて下さい。私に名前。」
するとその人はキョトンとした表情になったあと、大きな声で愉快そうに笑った。「お前面白いヤツだな!いいよいいよ、付けたあげるよアンタの名前。まぁとりあえずここに居たら雨に濡れる。帰るぞ。」
そう言うと、その人は勢いよく立ち上った。私の手を握って。さっきの人たちとは全然違う、白くて細くて優しい手。私は嬉しくなって、一緒に立ち上った。
それから少し歩いて、ゴミの山がある道に出た。「ちょっとここで待ってろ。」そうその人は私に言い残すと、ゴミの中から、骨の折れた傘を一本、器用に見つけて取り出すと何も言わずに私の前に突き出してきた。
「え……。」
「だから傘って言ってんだろ、まったくどんくせぇな。」言いながら、その人は私の方に向き直った。「ほんっとそっくり。どんくさいとことかさ。」
「えっと、何が……」
「決めた、あんたの名前は風架ね。私のことは悠って呼んで。」
「ユウ?」
「そう、悠。んであんたは風架。」
ふうか、そう懐かしそうに呟くと私の頭を撫でた。頭を撫でられる感覚は、初めてだってけれど、悠に撫でられるととても心地が良かった。