複雑・ファジー小説

Re: ■菌糸の教室■ ( No.42 )
日時: 2012/03/19 23:13
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ODVZkOfW)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/123png.html

↑挿絵:悠

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「おい。」



その時、後ろの方から、声が聞こえた。
私を取り囲んでいた人たちは歩みを止めて、声のした方へと向き直る。そこには、フードを被った中背の人影が、壊れた窓から漏れる小さな光に照らし出されていた。雨に濡れて、フードの隙間から見える黒い前髪から水滴がいくつも静かに滴り落ちていた。

どうしてか、私はその時、恐怖を忘れてその人物に見入ってしまった。
フードの影から微かに見える肌は病的なほど白くて、口元は恐ろしいくらいに無表情だ。男なのか、女なのかの区別は付かない。ただ、とてつもなく冷たい人格の持ち主なのだということは雰囲気だけで伝わった。思わず死神を連想してしまうような、暗くて冷たいオーラ。
なのに、なのにこの人には不思議なほど魅力がある。


「前の分だ。」その人は、右手に持っていた黄土色の小さなビニール袋をカサカサと揺らした。

「あぁ…どうもここまでご苦労。」
私を掴んでいた男は、私の腕を他の男にあずけるとその人の方へ歩いて行った。ポケットの中に手を入れて、中から何枚か紙切れを取り出している。
その紙切れを、不愛想に無言で差し出すと、そのフードの人はゆっくりと首を振った。
「いい。替わりにその女、置いてけ。」短く答えると、その人はちらと私の方を見たようだった。

すると男は嬉しそうに下品な擦れた笑いを漏らした。紙切れを元通りにポケットの中へとしまい、こちらへ一瞬だけ振り返ると、向こうの方向へと歩いて行ってしまった。それに続いて、周りに居た人たちも笑いながら汚い言葉を私に向かって吐くと、ぞろぞろと向こうの道へと消えて行った。

「あ……。」
何が起こったのかよく分からなくて、私は地べたに座り込んだまま、えらく間の抜けた声を出してしまった。フードのその人は、そんな私を見て、こちらへゆっくりと近づいてきた。


……雨はだんだんひどくなってきている。
    水浸しの路地裏には、小さな人工の光が、一つ。


目の前までやって来ると、座っている私と同じ目線になるまでかがみ込み、気怠そうにフードを脱いだ。暗闇の中で、ぼんやりと見える顔は、女の人の顔だった。私より二つ三つ年上に見える。それから、ふぅ、と口を少し膨らませてため息をつくと、私の目を覗き込んだ。大きな、綺麗な目で、とても美人な人だった。なのに、どこか男の人のような逞しさがあった。

「怪我無いか?」全く心配そうじゃない声でそう私に聞く。びっくりして、とても声が出なかったけれど、私はどうにか頷いた。
その様子を見ると、その人は軽く笑顔を見せた。

「そうかよかった。あんた、名前は?」
「えっと、く……」
「ん、なっつった?く?」
「いえ、」私は少し考えた。どうせならこんな呪われた名前、捨ててしまいたい。「付けて下さい。私に名前。」

するとその人はキョトンとした表情になったあと、大きな声で愉快そうに笑った。「お前面白いヤツだな!いいよいいよ、付けたあげるよアンタの名前。まぁとりあえずここに居たら雨に濡れる。帰るぞ。」

そう言うと、その人は勢いよく立ち上った。私の手を握って。さっきの人たちとは全然違う、白くて細くて優しい手。私は嬉しくなって、一緒に立ち上った。

それから少し歩いて、ゴミの山がある道に出た。「ちょっとここで待ってろ。」そうその人は私に言い残すと、ゴミの中から、骨の折れた傘を一本、器用に見つけて取り出すと何も言わずに私の前に突き出してきた。

「え……。」
「だから傘って言ってんだろ、まったくどんくせぇな。」言いながら、その人は私の方に向き直った。「ほんっとそっくり。どんくさいとことかさ。」

「えっと、何が……」
「決めた、あんたの名前は風架ね。私のことは悠って呼んで。」
「ユウ?」
「そう、悠。んであんたは風架。」

ふうか、そう懐かしそうに呟くと私の頭を撫でた。頭を撫でられる感覚は、初めてだってけれど、悠に撫でられるととても心地が良かった。