複雑・ファジー小説
- Re: ■菌糸の教室■ ( No.45 )
- 日時: 2012/05/02 22:07
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ijs3cMZX)
それから、私と悠との不思議な共同生活が始まった。
悠は、誰も住んでいない灰色の塔で寝起きしている。塔の中には、小さな部屋があって、そこが悠と私の城だった。
悠は、起きるのが遅い。
いつもお昼を過ぎたあたりに、眠そうな目を擦って布団からダラダラと出てくる。ひどい時は布団を羽織ったまま歩き回る。
「風架、コーヒー。」いつも通りのコーヒーの要求。もちろんもう用意してある。
「おはよう。いつ帰ってきたの?」
「知らね。」言いながら、悠はマグカップを仰ぐと大きく伸びをした。「あー、そうだ。今日引っ越すから。」
「え?」
すると悠は面倒くさそうに頭を掻いた。「聞こえなかった?引っ越す、ってんだよ。」
「聞こえたけど……。随分と急じゃない。」
「引っ越しなんて急なもんだろ。ほれ、出発するぞ。」
唖然とする私なんて関係無しに、既に悠は部屋の入口に投げてあった靴を片足ずつ履いている。
「悠!ちょっと待ってよ。だって私たち何も準備……」
「財布は持ったよ。」悠がジーパンの後ろポケット、少し膨らんでいる方を軽く叩いた。「あと何か居るっけ。」
「何かって!沢山あるじゃない!!お布団は?お皿とかコップは?お洋服は?あと他にも! ほら、こんなに沢山!」
「ああ、服は持って行った方がいいな。」悠は再び、大きく伸びをした。今度はあくび付きである。「他にも持ってきたいもんあったら勝手に持ってけば?私はもう出発するけど。」言うが早い、冗談じゃなく悠は小さなドアを開けて、部屋から出ていってしまった。
「待って!!」
とりあえず衣類をリュックに詰める。といっても、二人分合わせても数着しかないので一分もかからない。……ああ、またこのリュックを背負って新しい場所に旅立つのか。
最後に、なけなしの机の上にあったインスタントコーヒーの袋を引っ掴んでリュックに詰め込んだ。なんとなく、勿体ない気がしたのだ。
それから急いでドアを開ける。悠はもう遠くまで行ってしまっただろうか。早く追いつかなきゃ。早く、早く。
「わっ!」
勢いよくドアを開けると、何かとぶつかった。びっくりして立ち止まると、目の前に、額を抑えてうずくまる悠が居た。
「ど、どうしたの!?」
「どうしたもこうしたも!」悠が額を抑えたままイライラと怒鳴った。「なんであんな急にドア開けんだよ!お陰で頭割れるかと思った!!」
「ごめん、ごめんなさい。だって、もっと遠くまで行っちゃってると思ったから……。待っててくれてたなんて思いもしなかったから。」
悠がふん、と鼻で笑った。「別に待ってた訳じゃねーし。バカバカし。ほら、早く行くぞ。今度こそ置いてくからな。」
「悠、怒ってる?」
「はぁ?」悠の眉毛が変な方向に曲がった。
「本当にごめんなさい。今度から気を付けるから。だから、どうか私のこと嫌いにならないで。お願いします。」
どんなに怒られたっていい。馬鹿にされたっていい。ただ、絶対に嫌われたくなかった。悠にだけは。
すると悠は、お腹をかかえて大笑いし出した。「アハハハハ! ほんとお前面白い!別に怒ってなんかねーよ。なんでそんなにマジになってんだよ、やっぱ馬鹿違うんか?」
「え……怒ってないの?本当に?」
「ああ、もうくどくどしつこいな。」悠が私の頭をくしゃっと撫でた。「分かったらその煩い口閉じてさっさと歩け。」
それから、言われた通りに黙って悠の後ろを付いて行った。
悠は歩くのが早い。付いていくのは大変だったけれど、頑張って歩き続けた。いつもは使わない道だ。私の知っている風景は遥か後方にどんどん過ぎ去って行く。ほら、もうこんなに知らない街。
やっと辿り着いたのは紺色の壁の、建物。
悠は慣れた様子でその建物の階段を一段ずつ登って行く。カンカン、とリズムのいい音が響いた。
「やっと着いたよ。今日からここが私たちの住む家だから。」
歩いている間は一度も振り返らなかった悠が、振り返って、私に笑いかけた。
どうしてか、とても嬉しかったのを覚えている。