複雑・ファジー小説
- Re: ■菌糸の教室■ ( No.52 )
- 日時: 2012/12/14 22:52
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SjxNUQ9k)
悠はしばらくその建物の回廊を歩くと、一つのドアの前で立ち止まった。それからごそごそとポケットの中をあさると、一つの銀色の鍵を取り出した。
カチャリ、という音がして鍵穴が回る。
そして悠は何の躊躇も見せずにドアを勢いよく開けると、ドシドシと中に踏み入って行った。私も急いでそれに続く。とても清潔で明るい部屋だったけれど、あまり人を受け付けていないような、冷たい印象があった。
「誰だ!?」
突然に、部屋の中から若い男の声がした。
「アタシだよ。悠さね。」 悠がポケットに手を突っ込んだまま、呆れたように言った。
「ああ、お前か……」
その声の主は安心したらしく、それきり何も言わなかった。そして悠は、私の方を少し振り返ってから、声のした方につかつかと歩いていく。
「綾風、……なんだお前随分やつれてんな。」
悠に綾風、と呼ばれたその男の人は、頭まですっぽりと布団にくるまって、さらにその下に黒いフードを着て、床に寝転がっていた。その隣には少し大きめのノートパソコンが開いて置いてある。
「ふ、ふぇぇ?何でお前がここに来るんだよ……」
「悪ぃな、しばらくここに住まわせてもらう。文句はあるまい。」
「はぁぁ!?」綾風さんが布団を後ろに吹っ飛ばしながら立ち上った。フードの裾から見えた髪が、派手な紫色だった。「何でだよ!お前みてぇなアブナイ奴なんか、そんな、そんな……」
「うるさい。誰のせいでアタシがあそこを出て行かなきゃいけなくなったと思ってるんだ。せっかく言葉も覚えたのによ、次はたぶん中国語のお勉強だ。」
「ありゃあ、俺のせいじゃねぇよ!内戦のせいだ。遠い国のことまで俺のせいにするな!」
悠が無言で綾風さんを睨んだ。「契約の仲買人はお前だ。責任はお前にある。」
悠の睨みに恐れをなしたのか、綾風さんは ひぃっ、と高い悲鳴を上げた。
「わかった、わかったよ……。んでいつまで居るんだ。」
「わからん。とりあ無期限で。どーせこんな広いマンション使い余らせてるだろ、一部屋よこせ。二人がのびのびと暮らせるぐらい広いヤツな。」
「へ、二人……?」
疑問符を浮かべる綾風さんに、悠が私を振り返った。きっと私は悠の背中に隠れていたので、混乱していた綾風さんには私の姿まで見えなかったのだろう。
「だ、誰?見ない顔だが……」
「風架。アタシの遠縁だ。」もちろん、これは嘘だ。
「ほぉ遠縁かぁ。ねーねー、風架ちゃん、もうちょっとよく顔見せてよ。」
言われて、悠の後ろからそっと出る。まじまじと顔を見られて、恥ずかしかった。頬が赤くなるのが自分でもわかった。
「へぇぇ〜〜、悠の親戚にしては結構かわいいねぇ。俺、もうちょっとゴツくて怖いお姉さんが出てくるのかと思ったもん……。あー、よかった、かわいい女の子がうちに来て……ってひいぃいいっ!」
悠が、いつの間にか綾風さんの襟首を左手で掴んで、その白い喉に右手でナイフをギリギリまで突き立てていた。ナイフの刃先の銀色が、鋭い光を反射して、眩しかった。
悠が殺気の籠った声で怒鳴った。「ちょっとでも変なこと言って見ろ、血を見ることになるぞ。コイツに指一本でも触れたらな、どんな目に遭うか分かってんだろうな、おい。」
「ごめん、ごめんってば……。ちょっとふざけただけだよぉ……。」
「ふん。」
悠が乱暴に綾風さんを掴んでいた手をほどいた。床に投げ出された綾風さんが、ほっと息を付くのがよくわかった。