複雑・ファジー小説
- Re: ■菌糸の教室■ ( No.54 )
- 日時: 2013/01/01 00:16
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
「で、だ、風架。」
あの後、乱暴としか言いようのない話し合いの結果、わたしたち二人は綾風さんからこの広い部屋を使って暮らす許可を得た。いや、許可を得たというよりは、半ば脅して認めさせたと言った方が正しいだろう。
「私はあんな風に綾風を扱うけれど、アイツだっていっちょまえの人間だ。しかもここのマンションの持ち主はアイツ。ちゃんと綾風に感謝してここを使うんだよ。」
「うん。」
「感謝、って意味ちゃんと分かってる?」
悠が、短い黒髪を無理やりに後ろで髪ゴムで縛りながら言った。それから着ていたブラウスを脱ぎ捨てて、男物のティーシャツに着替える。最後に、フードのついた上着を着て、そのフードを深く深く被った。悠は、こうするだけですぐに男の人に変身する。もし悠が本当に男の人だったら、きっと私は好きになってしまうだろう。
「えっと……」
「働く、ってことだよ。」
悠は、男の人に変身すると、心なしか声が男の人みたいに低くなって、いつもよりもっとかっこよくなる。
「ここで生活していくのに見合う労働をする、ってことだよ。」
「わたしにも、できること、ある?」
「あるさ。」悠が、フードの中からこちらにニッコリと笑いかけてきた。いけない、と思いながらも思わず見惚れてしまう。
「そうだ、この前ね、風架のこと全部調べさせてもらったんだ。」
「? そう。」
すると悠がもっと優しい笑顔になって、私の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、お姉さんのこと、嫌い?」
「悠、調べたって、一体どこまで……」
「全部っつたろ。」悠は、やっぱり微笑んでいる。「でさ、風架って双子なんでしょ?お姉さんの名前は久美さんだっけ。」
久美、くみ。
ああ、すっかり忘れたと思っていたのに。
あの世界から、やっと抜け出せたと思っていたのに。
- Re: ■菌糸の教室■ ( No.55 )
- 日時: 2013/02/03 14:11
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ./RSWfCI)
「は、はは。やめてよ悠。そんな話しないで」
自分でもはっきり分かるくらいに、声が震えていた。喉の奥が急に詰まって、苦しい。
「やめなーい」悠が意地の悪い笑顔で笑った。「それで、久美さんは確か右坂高校だったよね」
口のきけない私を悠はただただ笑って見下ろす。
「右坂高校。ふふ、実はあたしの母校でさぁ」悠が、私の回りをゆっくりと歩き出す。「全国屈指の進学校。卒業生には著名人、有名人だらけ。先生たちもそれなりのキャリア持ち。関東中からボンボンどもが集まってくる糞みたいな学校だった」
「ゆう……」
「あたしはさ、そこからドロップアウトした出来損ないさ」悠が自嘲じみて口角を釣り上げる。「ちょっくら頭が人より良かったからね、それに中学の先生がやけにいい奴でさ、そこまで周旋してくれた。でもさ、育ちの悪い私が入ってやってける場所じゃなかったのよ。しかもあの年齢だろ、一番プライドに縛られる時期だ。あっという間に私はグレちゃった」
「こっちにいる人間はね、」ふわりと、両手を広げる。「色んな奴が居る。でも、うまくいってる奴はみーんな賢いヤツばっか。賢いってね、勉強ができるって意味じゃないよ。一番、楽な近道を知ってる奴のことさね」
「で、風架。お前ももう、こっちの人間だ。今更もとには戻れない。別に、嫌だったら元に帰っていいんだよ?あの、つまらない家に帰っても構いやしない」
「それは……、嫌」
「だろ?」悠が最高に嬉しそうな顔をする。「なら、賢くならなくっちゃ。こっちで生きていきたいなら、ね」
「悠がそう言うなら。わたし、なんでもするよ」
「よく言った」力強く私の頭を撫でる。「じゃあ教えてあげる。風架にできること。まずさ、久美ちゃん、あのお姉さんをどうにかしなくちゃあね」