複雑・ファジー小説

Re: ■菌糸の教室■ ( No.57 )
日時: 2013/05/31 23:21
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)




    ○。○。○

 それから悠が、私の耳元でそっとささやく。

 それはそれは、優しくて、甘い毒。
 とろりと脳髄を溶かしてしまうような、柔らかな吐息。そのくせ、言っていることはひどく冷たくて、鋭くって、恐ろしい。



 「そんな……こと、できないよ」

 悠が私に教えたこと。
 それは、あの忌々しい久美から、私がほんとうに自由になれる方法。でも、


 「悠、わたし怖いよ。そういうの、犯罪って言うんでしょう」
 
 「なぁに、」悠はさも愉快、といった風に笑う。「犯罪の定義はね、あっち側の人間が決める事。盗みや薬や殺しは罪深いことだ、やっちゃいけないことだ、犯罪だ、ってね。でも考えてみろよ? そんな定義は誰が決めた? はじめから金持ちでさ、恵まれた家庭に生まれて、そのままグレもせずにマトモな大人になった“マトモな人間”が決めたことでしょ。それってどうなのかな、私らみたいな生まれた時からの不良品でさ、親って名ばかりのクソみてぇな奴に暴力振るわれてさ、学校でもハブかれて、居場所なんかなくて、どうしようもなく肩を寄せてこんな路地裏に溜まってる奴にとっちゃあさ、そんなマトモに育った奴等にどうこう言われる筋合いねぇよ。だって私らはこうでもしなくっちゃ、最低限“マトモ”でいられなくなっちゃうんだから。」

 にぃ、と悠が皮肉めいて笑う。

 「だからさ、怖がんなよ。風架。お前を蔑んで、いじめてきた奴らに今こそ仕返ししてやれよ。こんくらい、おあいこだから。大丈夫。」



 うん、と私は小さくうなずいた。きっともう、私も悠も、マトモじゃないけれど。
 そっか、悠もわたしと同じ。あっちの世界には、居場所が無かったんだ、って一人想って。