複雑・ファジー小説
- Re: 「 カイラク 」 ( No.104 )
- 日時: 2012/07/20 21:18
- 名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: CMvpO4dN)
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死んだんだ。死んだんだよ。
ああ、そうだ、やっと答えに辿り着いた。辿り着くのが恐ろしいような、ずっと前から知っていた答え。
もうベランダの枯れた草には会えない。姉の机の落書きにも、姉が首を吊ったロープにも。なんだか急に、痛い。痛くなってきた。どこが? 胸の奥、喉の奥、心の奥、目の奥、色んなところが痛い。もう食べなくてもいいのに。もう生きなくてもいいのに。
姉の残した、生きた証にはもう会えない。彼女は本当に死んだんだ。
しばらく私が泣いていると、頭に軽い重さがかかった。ぽんぽん、と、慰められるように頭をたたかれると、振動で涙がぽろぽろと落ちる。耐えきれなくなって、声を上げて泣いた。
何よりも、姉を殺した自分が憎い。何で私は死んだんだ。何で……、何で?
あれ、記憶にない。
「死後の世界って言ってもね、本当に死んだ人だけじゃない。さっきも言ったけど、私達の母親は薬で生死をふらふらふらふらしてる時に此処に来たんだよ」
ああ。そう言えばあの人は死ぬ前、私に接触してきた。チャラ男の姿で、煩わしい喋り方で。
だとしたら、私は。引き始めた涙でゆがんだお姉ちゃんの顔を見る。私の問いたいことを悟ったようだ。彼女は微笑まず、視線を逸らす。
「ごめん。私も私の母親だという彼に聞いただけで、本当に何も覚えていないの。君のことは分からない」
名前を呼んでほしい。ふと、そう思った。何も覚えていなくてもいいから、私の名前をその口で、声にだして呼んでほしい。
呼んでもらうだけ。そう思って自分の名前を伝えようと、記憶を辿る。が、無い。無い。どこにも無い。此処に自分がどうやって来たのかどころか、名前すら思い出せない。
どぅー ゆー のう まい ねーむ ?
残念だがこの世には答えを知る人間は居なさそうだ。
それは、紛れもない忘却の始まり。だと、悟った。このまま永遠にこの世界に居続けたとしたら、私も姉のように何もかもすべて忘れてしまうのだろう、多分きっと。
一年もしたら、全部忘れて。
それもいいような、気がしてきた。自分の記憶が消えるとしても、このままお姉ちゃんと永遠にずっと、ずっとずっと一緒に居られるのならそれでもいい。何千時間何万日という重い記憶を背負ったまま。私を現実に縛り付ける足枷が外れれば、さぞ軽いことだろう。
望めばなんでも実現できるこの世界で、大好きな姉のいるこの世界で、消そうにも消せない記憶を全部捨て去って。
自由になる、快楽。自分はそれを望んでここに来たのではないか?
私は快楽のために此処に、わざわざ死まで選んで、もしくは死を選ぶ未遂をして。
「ねぇ」
うつむいたまま黙っていた姉に話しかけると、彼女は顔をあげてすぐにわかるような作り笑顔で私を見た。
「私、お姉ちゃんと一緒に居たい」
刹那。水色の世界が黒く染まった。