複雑・ファジー小説

Re: 【完結9/27】「 カイラク 」 【書き直し作業中】 ( No.137 )
日時: 2012/12/10 18:35
名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: GUpLP2U1)



 姉の机を見つめる。
 机の上の落書き。私が描いたぐちゃぐちゃの線の集まりと、姉の描いた幼い、可愛らしい絵。私は溜息を吐きだして、姉の机の方を見るのを止めた。
姉が居なくなって一年。私は生きる気が失せ、起きたら死んでないかな、と思いながら眠る毎日が続いている。手首の茶色い傷の上にまた赤い傷を作るような、そんな毎日。
 手元の文庫本に目を落とした。文字を目で追うも、視線は文字の上を滑るだけで内容はちっとも頭の中に入ってきやしない。飽きた。姉のことを思い出すとどうにも、心臓がぼろぼろ崩れ落ちる感覚に陥る。
 文庫本にしおりを挟み、姉の机の向こうにある、汚れて曇った窓ガラスの向こうに見える青い空を見た。今日も何も変わっちゃいない、私が生きている世界の空だ。
 過ぎ去ってしまったどうしようもない過去に、姉のいた毎日に浸っていても何が変わる訳じゃないし。久しぶりに外にでも出て、その辺をぺたぺた歩こうか。家に居ても何もやることは無いし。椅子を降りて、文庫本を自分の机の上に置いた。
姉の机の落書きを手でそっとなぞる。
 居間では母が、またいつものようにローテーブルに突っ伏して何かをぶつぶつと呟いていた。
 ローテーブルの上に立った缶のビールが一本、倒れたり床に落ちたりしている缶ビールが四本、系五本。今日は少ない方だ。そして、立った缶の横に倒れたビン、その中からこぼれている錠剤複数。あとは注射器と銀の容器に入った液体。完璧だな、と思った。完璧に溺れているから今は触らない方がいいだろう。
 とりあえず母は居ないものだからそのまま玄関の方へ向かった。途中、ガコンと音がしたから少し驚いて後ろを振り返ったら、注射器がフローリングに落ちただけだった。床に叩き付けたのかもしれない。

 靴が散乱した玄関から自分の靴を掘り出し、ドアを開いて靴を放り投げる。片方は倒れ、片方は立った。鉄製のドアのきしむ音を聞きながら倒れた靴を起こして、靴の中に足を裸足のままつっこむ。
 胴体を起こして視線を上げると、雲がかかった黄色の太陽が私を睨んだ。いつの間にか雲がかかった、美しかった空。目線を逸らして埃くさいアパートの廊下を階段のほうへ歩き出す。黄色の太陽が、青くなって私の視線の中に入り込んで邪魔をする。

 かん、かん、かん、かん。
 さび付いた鉄の階段を駆け下りる音と、左側にある踏み切りの音が重なった。踏み切りのほうを向いて立ち止まった。
 いいことを思いついた。

 やっと咲いた紅い彼岸花が線路の脇に沢山、咲き乱れている。私が幼いころ母がプレイしていたホラーゲームの影響で、彼岸花は不吉なイメージが固まってしまっているが、寧ろその不吉なイメージが好きになってしまっている。
 電車が走る音が遠く、右のほうから聞こえてくる。

 かん、かん、かん、かん。
 踏み切りの矢印は左を指し、黄色と黒の棒はきちんと降りていた。
 
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。
 彼岸花の隙間から見えた電車の頭。黄色と黒の棒を持ち上げる人影。一人の小さな人間が、棒をくぐって線路の上に躍り出た。
 飛び散る血飛沫、赤く染まる電車の頭、線路の上を転がる体を轢いていく小さなタイヤ。彼岸花がその曇った赤色を汚いと哂った。
 振り向きざまに赤が消えたような気がしたけれど、きっと気のせい。いや、もしかしたら私が見た赤も気のせい?
 なんでもいいや。私は後ろから聞こえる悲鳴を背に、歩き出した。