複雑・ファジー小説
- Re: 「 カイラク 」 ( No.78 )
- 日時: 2012/05/13 01:07
- 名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: CMvpO4dN)
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夢中。
今まさに私は夢の中にいるわけだが、この場合の夢中は「モノクロのガラクタ鳥居に色を付けることに夢中」ということだ。まあ、此処が本当に夢の中かということは定かではないが。もしも此処が死後の世界だとしても、今の私はこの世界の仕組みや回答には興味はない。
夢中、だった。
塗り絵というものは、終わってしまうと詰まらない物だ。消しゴムで消えないのでもう一度塗りなおすこともできないし、飛び出した部分や色が重なってしまったりといった所もやり直すことが出来ない。つまり何が言いたいかというと、私が色を塗った鳥居の完成度が糞だということだ。塗り終わってから色を付ける前の方がいいと後悔したのだ、気持ちが晴れない、気持ち悪い。
空になったスプレー缶を床に叩き付けると、カランと乾いた音が続いた。カランカラン、軽い、安っぽい音。空になったスプレー缶が蹴り飛ばされると、カコーンと潤った音が響いた。缶の真ん中、ストライクホームランナイスシュート。ふわりと飛んだ青いラベルのスプレー缶が着地に失敗する。
今スプレー缶を蹴り飛ばしたのはだれ?
「ねぇ」
声が聞こえた左側を下から上に抉るように見上げると、女の子が居た。後ろに手を組んで、前かがみになってこちらを見ている。だらだらと伸びた前髪が目の中に入ってよく見えなかったがとってもいろんな色の女の子だった。
とても綺麗とは言えないような、色が混ざり合って黒になる寸前のような、そんな色。
「ねぇねぇ」
右側を今度は上から下に、前髪が目にかからないように見ると、さっきの女の子が今度は右側でしゃがみこみ、床に落ちている緑色のラベルのスプレー缶を握りつぶしていた。缶はつぶれたのに音はしない。
「返事くらいしてよ、ねぇ」
ノイズ混じりの声とともにに、黒い、白目も光もない眼球が、が私の目の前に二つ、現れた。少し驚いて、二歩後ろに下がる。
私の頬に、氷が触れた。驚くほど冷たい……まるで……死者のような。天井からぶら下がった、力の抜けた右手。ずっと握っていたのに、少しも体温を取り戻してくれない、あの右手の感触。
足を伝って滴る水滴、口からこぼれた水滴、縄の食い込んだ首から流れる水滴、鼻をつくアンモニア臭。
強い痛みが頭に走る。
左の頬を見るために、眼球をぐりっと動かすと、青い手が視界の端っこに映った。彼女は前かがみの姿勢で、私の左側の頬に触れている。左側をにらみ過ぎて視界が少しぼやけてきたので、首も左に捻る。
彼女は急に手を引っ込めて、ふわぁ、と甘い香りと感情の籠らない口だけの笑みを残し、浮き上がった。私は彼女の背中に翼を探した。翼は生えていないけど、確かに飛んでいる。
女の子は鳥居の真上まで上ると、すとんと落ちた。鳥居の上に。ちょうど鳥居の真ん中に座っている。
「どうやって此処に来たか、知りたい?」
鳥居の上で女の子は今度は無邪気に、青色の肌の顔で笑った。