複雑・ファジー小説

Re:  「 カイラク 」 ( No.98 )
日時: 2012/07/20 21:16
名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: CMvpO4dN)

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 パキン。

 私の声はまっすぐ、彼女に……私のお姉ちゃんにぶつかったようだ。
 ハサミにひびが入り、砕け、ぱらぱらと床に落ちる。床に落ちたハサミの欠片は波紋を作り、その波紋は赤く染まった床を水色に染めていった。
 お姉ちゃん。何故今までずっと、気付かなかったのだろう。私のお姉ちゃん。思い出すのも辛いような、そんな思い出の中で一つだけ明るく輝いていた、会話だけの思い出が目から零れ落ちる。

「ねえ」

 世界が青く染まるまで静かだったお姉ちゃんが、急に口を開いた。
 何、と聞き返す。冷たく聞こえないように。

「私はさ、君の名前も覚えていないんだ。多分私は首を吊って、死んだからここに来たんだ。でも、とても大切な人を置いてきてしまった」

 それだけしか覚えていないんだ、と、声は段々小さくなっていく。私のこと。大切な人って、私のこと。私を大切な人と言ってくれる人が居たんだ、と、少しだけまた泣きそうになった。紛れもない喜び。自分の奥の奥で眠っていた感情がまた、鼓動を打ち始めるのを確かに感じた。

「思い出した。チャラ男、会ったでしょ? 彼はね、私たちの母親だ。自称、だけど」

 母親?
 ……母親?

「母親だよ。酒と薬で生死の境に居たから、ここに迷い込んだの。さっき君が見たのは、母親がマンションの廊下から飛び降りたときの光景だよ」

 そうか、母親は死んだのか。事実だけを聞くと悲しみも喜びもないものだ。
 お姉ちゃんは黙って、濁った色の手ひらを見つめている。
 私はうすうす感じていたことを、お姉ちゃんに伝えてみることにした。

「ねえ、この世界ってさ、もしかして、死後の世界だったりする?」

 小さく頷いた。ああ、やっぱりそうか。
 私はもう既に。