複雑・ファジー小説
- Re: 赤が世界を(略)参照500なので少しずつ誤字修正 ( No.101 )
- 日時: 2012/05/23 22:58
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: wDvOBbcg)
16・彼女の進化。
意識を集中するために、目を閉じる。これが意外に難しいのだ。
パルはこんなことしなくても、魔術を使える。しっかりと敵を見据えたまま、魔術を放つことができる。
それは、すごいことだ。
パルがやっていると、簡単そうに見えていた。でも、私にはできなそうにもない。
あきらめてはいけない。そんなことは分かっているし、頼んだのは私なのだから、私自身がしっかりしなくてはいけない。
でも、さっそくくじけそうだった。
魔術の勉強を始めた私は、私の頭の悪さを呪った。
パルの言っていることが理解できない。言われた通りにできない。失敗ばかりだ。
パルにつきっきりで見て貰うわけには行けないので、私は寝る間を惜しんで魔術の練習をした。
昨日よりは、良くなっているだろうか。分からない。証拠がない。前進しているという、確かな証拠が。
証拠がなくても、私は頑張らないといけない。前に進まなくては。
私が、みんなを守る。みんなの居場所を。
パルに言われたことを思い出す。たまには小声で口にする。復習は大切だ。
「唱えるのではなく、呼び掛ける。聞こえるように。伝わるように」
魔術の原理が、少しは分かり始めた。
魔術は、アンダープラネットいう世界にいるらしい、アンダープラネッターの力を借りて、発動させる。アンダープラネットは、今私たちが立っているこの場所よりも奥のほうにある世界で、その世界には、たくさんの精霊がいる。
そうパルが教えてくれた。
呼びかけが上手く行かないと、アンダープラネッターは力を貸してくれない。そうすると魔術が失敗する。彼らを怒らせて、魔術が自分に来るかもしれない。
魔力が強い魔術師なら、たくさんの力を貸してくれるので、大きな魔術が出せる。道具が必要なアンダープラネッターもいる。
覚えることは大変だ。パルは全ての詠唱を覚えているのだろうか。
聞いてみたことがあるが、はぐらかされてしまったと思う。
「汝yo我nokoeni答eyo」
これは、比較的簡単な魔術らしい。
パルはそれからやってみるといい、と言って私に丁寧に教えてくれた。
これができたら、次のものを教えてくれるらしい。
早く、この魔術を完成させたい。パルも待っているはずだ。
「我汝no力wo望mumono」
一言一言を、丁寧に、織物を編むように、口から紡いでゆく。
私の呼びかけに答えてくれるように、丁寧に。
機嫌を損ねないように、優しく。
無礼の無いように、柔らかく。
「我no心ni凍tetuku贐wo」
瞼の裏に小さな光が灯る。いい感じだ。
私はアンダープラネッターが私の声に反応している、確かな感覚に喜びながら、詠唱を続ける。
途中で詠唱を止めるなんて無礼な行為をすれば、彼らに何をされるか分かったものではない。
「『立花』-----霜降り」
アンダープラネッターの名前を呼びながら、力を貸してくれる事を確認する。
アンダープラネッターの1人、立花は穏便な性格で、争いごとを好まない。そのためか、あまり攻撃的な行動をしない。
静かな、冬の初めのような魔術を使う。それが彼女だ。
でも、そんな彼女を魔術で狂暴化させるという強引な手を使う人もいるそうだ。彼女に無理矢理、大きな、体に負担のかかる魔術を使わせる。
私は、そんなことはしない。きっと、パルも。彼は、優しいから。
そんな非常識なことはしないと信じている。
肌寒くなるのを感じながら、そっと目を開く。
すると、私の足元の草が、わずかに凍り付いているのが見て取れた。しゃがんで、指先で触れてみる。
ひんやりと冷たい。
私の体温で溶けてしまったが、確かに凍った。
「成功、だ」
私はパルが寝ているのを確認して、静かに呟いた。
初歩的なものだ。しかし、私の中では大きな第一歩だった。自分の中に希望が満ちるのを感じていた。
〜つづく〜
十六話目です。
久しぶりにかいたかな。