複雑・ファジー小説

Re: 赤が世界を染める、その時は。【題名変えようかな】 ( No.115 )
日時: 2012/06/09 14:13
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: ae8EVJ5z)



30・ぐらっときたの。


信じられなかった。一瞬何を言ったのか、分からないくらいに。時が止まって、音が聞こえなくなった。
綺麗。
コイツは確かにそう言った。間違いはないはずだ。
俺が、綺麗? なんで? どこが? 昔から、自分が嫌いで、嫌いで。何度も生きている意味が分からなくなって。それでも生きてきた。今日まで。ここまで生きてきて、俺にそんなセリフを吐いたやつは、コイツが初めてだった。頭がこんがらがって、俺らしくもないが、焦った。聞き直したくなるくらいに、俺には不釣り合いな言葉。

「おぉー! 良かったなムーヴィ! やっぱいい奴じゃん、お前!」

銀がバカみたいに跳ね回っている。バカだが。
良いもんか。全然良くない。
俺はなぜか顔を伏せた。これ以上コイツを見ていられない。

その時、かさりと何かが動く音がした。驚いた女が、体をびくりと震わせて、俺に近寄る。おい、近寄るな。服の端を摘まんで来る。止めろ。それでも何故かふり払うことが出来ない。
女にも色々種類があるんだな。アシュリーとは全然違うもんな、この女は。

「っ、何か居るの」

この女、意外と度胸が据わっていない。ただのビーストなのに。

「おうよ! それなら俺に任しとけ!」

そう言うと、銀は女の髪を一度撫でて、走り出した。


 + + + +


本当に、大丈夫なのだろうか。
私は森の中に消えていく銀を、じっと見つめた。私がこんなところに来なければ。後悔ばかりで、嫌になる。
そんな私の頭を、不器用だけれど、優しく撫でてくれる、ムーヴィ。いつの間にこんなに優しくなったのだろうか。私はその手が嫌じゃなかった。

「なぁ、もう逃げるなよ」

ムーヴィの声が、なぜか震えている。
私はムーヴィの顔を見上げることは、しなかった。
私はムーヴィの服を離す。なんか、安心できる。何が起こっているか分からないけれど、銀は信用できる。雄叫びが時々聞こえてくるから、まだまだ元気なのだろう。

「俺、もうお前のこと疑ったりしないしさ」

私はそっと目を閉じた。
逃げるなよ。
ムーヴィの言葉が、私の心臓に溶けていく。
逃げない。逃げないよ。私は、私から逃げないよ。

ムーヴィの最後の言葉に、私は答えなかった。


〜つづく〜


三十話目です。
おお!三十も!行きすぎだろ!もっと短い予定だったわ!
次回あたりで最終回。
銀たちにはまた出てきてもらうかと。